最美表演2019『痛打自己的告密者』と元ネタ『鵞鳥湖の夜』

新浪主催の年末恒例企画で、毎年12月に「最美表演」というショートフィルム集が配信されています。
実力派俳優たちが名監督と組んで、こぞって数分のショートフィルムを演じ、”最美表演”=ベストパフォーマンスを披露しあう…というとても楽し気な番組。
2019年に、千璽も出演し、

『痛打自己的告密者(自分を殴る密告者)』という作品を発表しています。監督は刁 亦男(ディアオ・イーナン)共演は、舒淇スー・チー

ちなみにこの年の出演者は、易烊千璽、胡歌、范偉、郭京飛、肖戦、海清、馬思純、李沁、張若昀、趙薇の10人。(あ、この時はまだ趙薇がいるのね)皆さん、人気のある実力派俳優揃いです。
それぞれが5、6分のごく短いショートフィルムを披露しています。

2019年のオフィシャルサイト

2019最美表演_新浪网

オフィシャル内の千璽のページ

http://slide.ent.sina.com.cn/tv/slide_4_86512_328802.html#p=1

遅れてきたファンなので後追いネタになるけれども、この動画を発見した瞬間、うわーい\(^o^)/すぐに見るぞ!…と小躍りしました。

が!ふと目にした情報で、この作品がどうやら映画『鵞鳥湖の夜』のスピンオフらしい、ということを知りました。

ちょっと待てよ。
…これは、その元ネタ作品を知って見るのと知らぬで見るのとでは大違いなんじゃないの?

せっかくの千璽のお芝居なのだから、見る側も準備万端で臨みたいではないか!
ということで、まずはこの映画を先に見ることにしました。

 

『鵞鳥湖の夜』(原題『南方車站的聚會』)は、刁 亦男(ディアオ・イーナン)監督の2019年公開の中仏合作映画。
主演は胡歌(フー・ゴー)、桂綸鎂(グイ・ルンメイ)、廖凡(リャオ・ファン)
ついでといってはなんですが、この映画の感想を書いておきます。

どこぞの解説にも書いてある通り、ノワール映画のど真ん中、といった感じの「犯罪×ファムファタルを踏襲した作品。内容的には救いようがなくて何度も見たくはないのだけれど、映画的には画面の作り方や展開がお手本のように見事で計算が効いていて、繰り返し見たくなる…という、奇妙な魅力を持った作品です。こんな機会でもなければ私はあえてチョイスしないタイプの映画(ノワール系、好きじゃないので)。
でも、いったん見てしまったら、永いこと頭から離れなくなるくらい強烈な印象が残る。心地よいわけでもないし、親近感があるわけでもないのに、ずっと「覚えて」いる。その記憶は今まで自分の中にはなかった感覚を少しずつ突っついてきて、やがて「そんな事もあった」ような間違った記憶を刻み始める。
たぶんそういった効果を感じたので、この映画は凄いのだろうな、と思う。
桂綸鎂(グイ・ルンメイ=グイちゃん、と呼んでいる)は好きな女優さんで、出演作はわりと見ているような気がしたが、同じくイーナン監督が撮った前作『薄氷の殺人』は見ていない。以前、見たくてツタヤでDVDを借りてきたのに暇がなくて見ずに返した記憶がある。見ておけばよかった、と今になって思った。イーナン監督の作品がいつも同じトーンかどうかは知らないけれど、こういう作品を撮る監督が気になっている。今入ってる配信サイトではどこも扱っていないので、またツタヤに行って借りるか。


グイちゃんは悲惨な役である。いつも意志的な役が多いイメージの彼女が、まるで意思のない(途中までは、ですが)搾取される側の人間を演じていた。でも、違和感はなく巧く演じている。

ただし!煙草が吸えてない。最初は、煙草が吸えない女が無理をして吸う振りをしている役なんだろうと思っていたが(こういう予想は大事だ。”なりすまし”だったらいろいろな展開を想像させるのだから)、そうではなかった。ガチで普段吸ってる設定。しかも重要なイメージである。けれど吸えてない。そういうところはちゃんとしなきゃダメだよ。見ているこっちが、登場人物と演技者の間に乖離があると、気が削がれてしまう。
引き合いに出すのも気が引けるがファンブログなので書くが、『少年の君』での小北は見事に物慣れた風に吸っていた。しかもあれ、草(ハーブ)煙草だ。煙くてむせる最悪な小道具である。千璽が未成年なばっかりに、本物の煙草を使わせてもらえなかった。千璽頑張ってたな、とそんな細かいところからも伺える。
『少年の君』つながりであるが、黄覚(ホアン・ジュエ)がここでも警官の役をやっていた。けれどもこれが俗悪警官で、捜査の途中でグイちゃんを無理やりレイプするシーンなど衝撃だった。
え!これ、当局はオッケーだったのか?というのにも驚いた(こういうのを規制しないなんて素晴らしい、という意味です)。

主演の胡歌(フー・ゴー)は「周澤農(=農哥)」という逃亡犯の役だ(この名前は後述のスピンオフに出てくるのでポイントである)。姿や雰囲気、カッコいいはずなのにマヌケな感じがどこか阿部寛吉田栄作江口洋介を足して3で割った風であった。
この農哥が、ヤクザもん同士の仲間割れの喧嘩の際に、誤って警官を殺してしまう。指名手配犯となる農哥。どこからか逃亡を助けたいという謎の女=グイちゃんが現れる。農哥は逃げるつもりはないのだ(そもそも現代の中国で指名手配された犯罪者はまず逃げられない)。ただ、自分にかけられた30万元の懸賞金を、女房に渡したいと思っている。だからそれを助けてくれる人間に自分の身柄を託したい。グイちゃんが助けてくれそうではあるが、どの立場の女なのかわからない…という逃走サスペンスと心理サスペンスが組み合わさったような感じのストーリー。

*****

さて。『鵞鳥湖の夜』本編は見た。
いよいよ千璽のスピンオフの芝居を見る番である。
こちらがその本編。

本編

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メイキングと番宣動画もあるので貼っておこう。

メイキングを見ると、現場に入ってる時には千璽の表情はもう物語の中の不良青年のものになってる。こうやって気持ちを作って撮影に入るんだなぁってのが観察できて面白いです。

花絮

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番宣では最後に、最華表演とは何か、ってのを直筆で書いてるのだけど達筆すぎて読めません!もうちょっと読者に親切な字をお願いよ…千璽。

追記(9月9日):これ、なんて書いてあるか判明しました。

「自然真実、打動人心的、即是最美表演」(最も美しいパフォーマンスは、リアルで、感動的で、自然なパフォーマンスです)

番宣

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注意!ここから先はネタバレしてます。

 

脚本(台詞)を訳してみたので、ご参考までに。

 

小森「1ラウンド200だよ」

 

 

小森「姐さん、私服(警官)が来てるよ」
姐「ならアンタ、負かして金取っちゃいなよ」

 

 

小森「姐さん、行かないで。俺が行くよ。あいつら、俺のことは疑わないから」
姐「アンタ、彼の居場所知ってんの?」
小森「3間家屋街の6号館の3号室だろ」
姐「私を尾けたのね」

 

姐「はい、鍵。真っ直ぐ上に行けば大丈夫よ。農哥を知ってるわよね?食べ物とお金は全部鞄に入れてあるから、渡したらすぐに別れて帰ってくるのよ」

 

 

姐「農哥は行った?」
小森「行ったよ」

 

 

姐「今日はありがとう。鍵は?」
小森「…鍵を渡すことはできないんだ」
姐「小森…?」

 


小森「行く途中、警察に取り押さえられた。農哥、指名手配されてたんだよ」
姐「アンタ、警察に言ったの?」

 

 

これだけの短いお芝居ですが、世界観はたっぷりと『鵞鳥湖の夜』を踏襲していて、グイグイ引き込まれました。
全編たった6分ですよ。凄いな。濃密で素晴らしい6分間です。物語の力って深いわぁ。

小森は、姐さんのことが好きなのね。口には出せない心に秘めた想いがある。
姐さんの恋人である農哥を密告した罪悪感や、愛する姐さんを悲しませるツラさ、裏切り者である自分に対しての嫌悪感は確かにあるのだけれど、心の奥では、恋の邪魔者を排除できた喜びがひしひしと湧き上がってきて思わずニヤリと笑っちゃう…でもそのことは絶対に悟られたくない、といった複雑な心境です。
その心境を表現するのに、劇中で唐突にダンスパフォーマンス(ディアオ・イーナン監督曰く、「厳密に言えば、ダンスではなく、心理活動の外在化です」とのこと)が挿入されます。
そこに使われているのは千璽の歌う「fall」という曲。
狂おしく密かに恋する男の心情を歌った、かなりセクシーな曲です。
これをチョイスしたのはディアオ・イーナン監督だそう。なんだかあえて作ったかのようにシーンにぴったり合った曲を持ってきたなぁという感じ。私としては聴きなれた曲ですが、このドラマを見た後では、すっかり小森のテーマ曲になってしまいました。あまりにもこの世界観が強烈だったので。「強烈」ってのはまぁ、いい意味ばかりでもないんだけど(笑)。え?いきなりボリウッド?みたいな演出もまた予想外で楽しい。

演技の見どころはこのダンスシーンと、最後の窓辺の10秒間。
「彼のこと、警察に話したの?」と姐さんに問い詰められた小森の表情です。
警察に逃亡者を「売った」ことは、軽蔑されるような裏切りで、最初、小森の表情は苦渋に満ちたものですが、窓の外を見ながらその表情は徐々に変化し、一瞬、狂気じみた嬉し気なものに変わるのだけど、それを隠して再び苦渋の表情に戻って終わります。
まさに題名『痛打自己的告密者(自分を殴る密告者)』を端的に表現していたと思います。

『鵞鳥湖の夜』本編の中で出てきた、逃走犯が残した”食べ物とお金の入った鞄”とか、捜査の最中に警官が匂わせていた、逃走犯の愛人の存在がスー・チー演じる”姐さん”だったら、本編ともぴったりと辻褄が合います。まぁ、こんなん合わんでもどうでもいいのだけど、合ってると「おお!」と思っていっそう入り込める。物語というのはこういう「装置」があると劇的に深みを増すものです。


枝葉が繋がり、世界が溶け合うと、本編には影さえ見えない小森の存在もまた、あのどうしょうもなく怠い、この世の底かとも思えるやりきれない鵞鳥湖のほとりで息をし始める。
小森は、あそこにいた、と確信する。

千璽って、底辺に住んでる不良役が案外似合うんですよね。所在ない感じを出すのが巧くて、なんともグッとくる。
薄汚れた食堂で、マズそうな水餃をすする千璽の横顔がゆらゆらと立ち上がってくる。
そんな想像だけでも、嬉しくて胸が震えるのです。

ちなみに、この年の「最美表演」には胡歌(フー・ゴー)も、同じくイーナン監督作品でこれまた『鵞鳥湖の夜』スピンオフ作品『逃亡者的前世今生』に出演しています。
胡歌は本編の主役ですが、「最美」の短編では一人三役を演じて、逃亡犯の現在過去未来をパラレルワールドみたいに描いてます。こちらはちょっと設定が奇抜すぎて、「ん?ん??」って感じでしたが、詳しい相関図があちらの娯楽新聞サイトに載っていたのでご参考までに。

https://read01.com/gRE7nA2.html#.Yw_0ZHZBxPY

 

イーナン監督の手法は計算が効いていてすごく面白い。いつかイーナン監督に千璽出演映画を撮ってもらいたいなぁ。実現したら、と想像しただけでヒリヒリします。
つくづく私は千璽の演技が大好きなんだな…と思います。
代言人を務めてる千璽も悪くは無いんだけど、それだけでは私の心は全くもって満たされない。千璽のやってることだから応援するし、契約が増えれば嬉しいけど、他の誰に変わってもいい仕事でもある。千璽はそのままでも素敵な男の子だけど、私が本当に見たいのはそのままの「易烊千璽」じゃない。「易烊千璽」の中を通って出てくる別の人物が見たいのです。その人物の人生と物語が、震えるほど、見たいのです。それはもう、「易烊千璽」じゃないかもしれないけど、私にとってはそれこそが、真の「易烊千璽」なのですよ。
…って、すみません(汗)オタクの言う事を深く考えなくてもいいんですよ…。つい熱くなりました。
でも、このごく短い映像だけで、こんなにも私自身が満たされるのは、これが私の見たい千璽だったからなんだなぁと、しみじみと感じたのです。
演技をする千璽は、「易烊千璽」が絶対にやらない表情を見せてくれる。「易烊千璽」がやらないことをやる事で、千璽自身も救われていると、GQのインタビューでも話していました。私は、素顔の千璽も大好きですが、物語の中でその姿は片鱗も求めていません。どんな人間にだってなれる、という千璽の持つその力(努力と才能)に惚れ込んでいるのです。それが見たいのです。
最美表演、いいものを見せてもらいました。今年の年末もぜひ出演してくれますように!