「ニューヨークの恋人」

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私がブレッキン・メイヤーを知ったのはこの作品です。
最初に見たときちょっと心にひっかかり、2度目に見たときにはすごく気になってしまい、3度目には彼こそがこの映画を見る動機となりました。
とはいえ、ブレッキンがいようがいまいが私にとってこの映画は、大好き!!な作品です。

タイムトラベルものは胸に染み入る優しさがあっていいですね。
ホントは人間って前に進む時間の中でしか生きられなくて、人間の寂しさってのは大抵がその「時間のベクトル」に関係していると思うんですよ。
老いてゆくのも、変わってゆくのも、失われてゆくのも全て時間に沿って発生する。

その時間を自由に行ったり来たりできるというのは、だからすごく優しい、と思うのです。


広大な「時間の海」のどこかに、自分を待っていてくれる人がいるのだという安心感。
どこかで誰かとつながっている、という心強さ。
過ぎてゆくだけではない「時間」がもしあったら、それは救いです。
レオポルドが昔の自分が住んでいた家で、内緒の隠し戸棚を開けるシーンなんかは胸がジーンとする。

自分という存在もまた、時を超えてつながっているのを示すシークエンスですね。

メグ・ライアン演じる主人公と、ブレッキンが演じる弟はすごく仲がいい。
最初に「いいなー」と思ったのは、この姉弟の自然な仲の良さでした。
メグが最後、ブレッキンと二度と会えない世界へ行くときに叫ぶんですよ、

「I love you forever!」って。

で、ブレッキンがすごく嬉しそうな顔をする。
泣けてきてしまった。
あ、こういう台詞を弟に言うんだ~と思ったら、ものすごく暖かな気持ちになりました。
この言葉の中の「Love」には、姉弟の幼いころからの家族としての歴史や想いが凝縮されてるの。家族の記録を残した古いビデオテープが、どんどん巻き戻されてゆく感じ。深くて暖かい記憶の洪水が、一瞬で戻ってきたような。
私にとって、Loveという言葉は、こういうシチュエーションで使う意味の方がしっくりくる。不安定な恋という感情に対してではなく、嘘偽りなく心からforeverといえる懐かしい気持ちを指してこその「Love」。
とても好きなシーンです。

もいっこ好きなシーンがある。
NY。ブルックリン橋。階段のあるアパート。絶え間なく聞こえてくる街の音。
この映画の舞台設定はとてもステキです。
主人公の住んでいるアパートの通り向かいの部屋では、男が独りで住んでいる。
その男は毎日「ティファニーで朝食を」のサントラをきっちり真夜中まで聴く。最後の曲は「ムーンリバー」。その曲が終わると同時に部屋の明かりは消えて、男は眠る。
…という、エピソード。
これがもう、大っっ好きなの。私にとって、今まで見た映画の好きなシーンベスト5に入るものです。

あの男は、私かもしれない。
私にもルーティンがある。毎日、同じ事をする。ずっと、それを続ける。
悲しい日も、つらいときも、必ずそれをする。それをしてさえいれば、なんというか、「今日も私はちゃんと生きてる」と実感できる。
あの男にとっての「ムーンリバー」は私にも存在するのです。
そして、そんなものがあるばっかりに、あの男も、そして私も、かえって人生がせつなくなってるんです。

永遠に続くものなんかないからね。
何かを続けるというのは、いつかそれが続かなくなる日を思うということでもある。いつか終わりを迎える日、ってのを想像しない日はなく、全てを儚く思い、余計なセンチメントを抱え込む羽目になる。
それは反面「今日も生きている」という無上の感謝とシアワセを想うことでもあるのですが。
ま、人が生きるってのは喜びでも寂しさでもあるってことです。
その「とてもセツナイ感じ」が、あの「ムーンリバー」にはよく出てる。
上手くいえないですが、私にとってはあの「ムーンリバー」は人生そのものを象徴しているように思えるのです。

この作品は荒唐無稽だけど、ものすごく深く本質を突いている。
単なる白馬の王子系ロマコメではない、とても良質な作品です。こういうの作れちゃうからアメリカの映画って好き。そしてわたしはやっぱりメグ・ライアンが大好き!メグの、NYを舞台にしたロマコメがまた撮られるといいなぁ。(過去記事再録)

ニューヨークの恋人 (字幕版)

ニューヨークの恋人 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video