来し方こそが物語

「女帝 小池百合子」を読んで石井妙子さんの文章に惹かれ、続けて「おそめ 伝説の銀座マダム」「日本の血脈」と読了し、今は「満映とわたし」(岸富美子さんと共著)を読んでいます。
どれもぐいぐい引き込まれる面白さです。個人の人生の面白さに加え、日本の近現代史がよくわかるのも魅力。

これまで読んだ作品はすべて「評伝」といわれるジャンルですが、いわゆる「評伝=評論を交えた伝記」を越えた面白さがあるのが石井さんの特徴です。
評論よりも物語性を重視しているせいかと思います。
物語性といっても想像に拠るフィクション性の高いものではなく、綿密な取材と調査による裏付けから類推されるノンフィクションに近いものなのでどこか腑に落ちる感じがします。(それでも完全なる真実とは違うのでしょう。というか、そう思いながら読んでいます。人間のほんとうのところは誰にもうかがい知れぬものだから)
実際に関係者に会い、現地を訪れたりする誠実な取材と平易で共感しやすい文章でしっかりとした土台を築き、その上に、ちょっとだけ覗く(けれど決して下品にならない)「下世話な感じ」が絶妙です。意地悪な視線もあるのに、人間存在を慈しむ視線も欠かさない。それらがちょうどいい塩梅で書かれているので飽きません。
ここまで書いて大丈夫なのか?!と心配になるほど、対象人物の根底まで掘り進むような内容に驚愕したりもしますが、不思議と読後は人物の好悪よりも、「人の人生は全て物語なのだなぁ」といった俯瞰的な感慨に至るのです。

「女帝 小池百合子」読後に私の心に残ったのは少女であった日の彼女の姿でした。
人生の始まりの頃に置かれた環境やそこでの決意がいかばかりであったか。それは、決して彼女だけの問題ではなく、親や祖父母など血脈の末に生まれたものだったのだという意味で、「宿命」や「因果」という大仰な表現がぴったりハマる物語と化してゆくのです。

「日本の血脈」では、「血脈」というだけあって、さらに一族の歴史に連なる人物としての「宿命」がより強く前面に出ています。
取り上げられている人物にはそれぞれキャッチのように副題がついており、それを読むだけでもすでに物語が動き始めます。


女系家族小泉進次郎
癒されぬ子ども―香川照之
哀しき父への鎮魂歌―中島みゆき
土地の亡者と五人の女―堤康次郎
ひとりぼっちの豪邸―小沢一郎
影を背負って―谷垣禎一
流血が産んだアート―オノ・ヨーコ
遅れてきた指揮者―小澤征爾
皇室で掴んだ幸せ―秋篠宮紀子妃
母が授けた改革精神―美智子皇后

 個人的な感想としては、小澤征爾、紀子妃、美智子さまに関しては深掘りがしてない感じがして(私でも知ってる内容ばかりだったせいもある)物足りませんでしたが、その他の項はどれも面白く、私の知るその人のイメージがさらに深くなった印象です。
昭和史としての面白さを同時に味わえるのは谷垣禎一オノ・ヨーコの項でしょうか。小説より奇なりを地で行く堤家の人間模様も圧巻です。

人生は全て、書く人の力量でとても面白い物語になる。1人の人間の一生は、一つとして同じものはない物語です。
きっと、どんなに凡庸(だと思い込んでいる)人生であっても、有名人でなくても、はっきりと顔が描かれる巧妙な文章に乗れば、オリジナルな物語として人の心に響くものになる。
逆に言えば、いい物語には、はっきりと登場人物の顔が描かれていることが必要不可欠なのだと感じました。いろんな意味で勉強になります。

 

日本の血脈 (文春文庫)

日本の血脈 (文春文庫)

  • 作者:石井 妙子
  • 発売日: 2013/06/07
  • メディア: 文庫
 

 

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

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満映とわたし

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女帝 小池百合子 (文春e-book)

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