揺らぐ人

私はいつも、実質の人でありたかった。
「人生とはなにか?」などということを考え込むのではなく、
例えば、創作のアイディア。工夫。数式。思いがけない論理。一頁の文章。子猫のしつけ方。植物の育て方。美味しいパンのコネ具合。絵の具の混ぜ合わす割合。請求書の書き方。栄養バランス。アルペジオの美しい弾きかた。たくさんの国の言葉。そんなことに馬鹿みたいに夢中でこだわっていたかった。
実質は必ずや人を育てる。ちょっとしたオーソリティーへと格上げしてくれる。
そういったことばかりにかかずらっていれば、人生の速度はやがてそれに見合ったペースになり、いたずらに不安に陥ったりすることもないだろうに、と思った。

でも違った。
悲しいほどに、私は虚構の人だった。
悩んでも考えても答えの出ないものばかりが胸の奥に押し寄せてくる。
時間は常に、忘れようと思っても私の腕に張り付いたまま
「さぁ、1年経ちましたよ。」「あれからもう10年経ちましたよ。」と煩く言う。
1年経っても10年経っても堂々巡りで答えのないもので、私の心は埋まっている。
あることないこと、あるようでないものも、ないようであるものも、渾然一体となって私を「虚の人」たらしめんと、勇んで向かってくる。
私は空の色ばかりを見ている。