『少年の君』(その3)

映画『少年の君』の感想、3回目です。

今回は、脈絡なくこまごました小ネタを書きました。といっても、映画の細かな考察はとても楽しいところ。いろいろと掘り下げて妄想しております。
日本語字幕版ではセリフの正確なところがわからなくて(音声で聞き取れる能力は無いのよ…)モヤモヤしたので、繁体字字幕欲しさに香港版のDVDを購入しました。脚本を見るとセリフの細かいニュアンスがわかって、さらに理解できた。
パンフも配給元から取り寄せました。曾國祥(デレク・ツァン)監督許月珍ジョジョ・ホイ)プロデューサーのインタビューが大部分を占める構成。制作における彼らの意図は、これだけでもずいぶんわかります。
さて、ストーリーの流れに沿って、順番に気づいたことを書いてってみます。
言わずもがなですがガッツリネタバレしてますので、まだご覧になっていない方はご注意ください。

 

◆最初に出てくる二人は?

陳念が英語学校の生徒に講義をしている冒頭のシーン。「This is our playground」のセリフと共に、唐突に出てくる二人の姿。

これ、小北は現代の姿だと(最後まで見ると)わかるのですが、陳念はいつの陳念だかわからないの。髪型がここだけのものなんです。学生時代でもないし、現在でもない。
…となると、もしかしたら再会した時の姿なんじゃないか?と想像できます。
嬉しそうに微笑む小北に、陳念も幸せそうに笑う。小鼻がぷくっとして、ちょっと小動物みたい。庇護欲を掻き立てる愛らしさ。
陳念は過失致死罪で懲役4年の判決だったので(ちょっと量刑、重いですね。あんなの事故じゃない?日本だったらたぶん実刑にはならない)、執行猶予も無く服役したのでしょうね。
ブルース・ブラザースみたいに陳念の出所の日に小北が迎えに行ったのかな、なんて思ったり。
小北は随分とまともな感じになっているけど、あれから一人でチンピラ世界から抜け出してまっとうに働いていたのだろうか。その期間のことを想像すると感慨深いです。陳念と再び会う日のために頑張ったんだろうな。
陳念の、あの「小鼻ぷくっ」は、以前と違う小北にちょっと緊張したのかも?なんて思ったり。

 

◆パーカーの効用

小北は、街のあちこちにある防犯カメラの前を通る時に必ずパーカーのフードを深くかぶります。
パーカーはこうして着る(使う)ものなんだという、見本を見た気がする。彼らにとってはあのフードは必需品なのね。ストリート系のファッションってのはそういう意味(実用性)があるのか。
以前、友人に「40過ぎてパーカーなんか着るもんじゃないよ」と言われて「え?まじか!」と、ビックリしたことがあったけれど、実際、それはごくまともな意見なのかもしれない。…いまだに着ているけども(汗)
後年、防犯カメラを気にせず歩く小北は、もうパーカーは着ていない。こざっぱりしたカジュアルファッションになっています。

ボタンダウンのシャツにブルゾン。コットンパンツ。ユニクロっぽいスタイル。
この人にあんな壮絶な過去があったなんて、だれが想像するだろう。

 

◆名前は一番短い祈り

小北が喧嘩でボロボロになって帰ってきて同じベッドに身を横たえるシーン。
陳念が「痛い?」って尋ねると、小北は「はじめて言われた」って言うのよ。日本語字幕では。
でも、実際はこう言ってる。
「陳念。…你是第一個問我痛不痛的人」
「陳念」って呼びかけて…少し間をおいて「痛いかどうかなんて聞いてくれるの、君が初めてだよ」と。

大事なのは、この、「名前を呼び掛けて少し間を置く」ところなのです。ここに万感の思いが詰まっている。この呼びかけを無視する日本語字幕はあまりにもドライです。小北にとって、誰かにこう聞かれたのが初めてかどうかにポイントがあるようにとらえられてしまう。ここでのポイントは、小北にとってそれを初めて聞いてくれたのが陳念だった、という事なんですよ。「はじめて」ではなく「陳念」がクローズアップされていないとちょっと違う。この微妙なニュアンスは大事なところです。
私はこのとてつもなく優しい小北の「陳念…」という呼びかけが、とてもとても好きです。

 

花束を君に
二人の心がどんどん近くなっていく頃の部屋の風景を何気なく眺めていて…「お!」と思ったのが、冷蔵庫の上のお花です。映像、暗いけどわかります?

これは以前は無かったもの。
初めて陳念が部屋に来た時も、もちろん無かった。

このお花、小北が飾ってるに違いないですよね!陳念は高考の勉強でそんなことには気が回るわけないし、ヒトの部屋をきれいにしてあげるようなタイプでもない。
これは小北が、野原で摘んできた花なんだよ。花を摘んでいる時の小北の嬉しくて楽しい気持ちを思うと、泣けてくる。なんというイトオシさ!
二人のこの部屋を小北がどんなに大切に思っていたかがわかります。グッときちゃう。

 

◆消えた場面
公式画像のなかにあるこのシーン。私が見る限りでは本編に無いんですよね…。カットされたシーンでしょうか。

陳念が勉強する姿を小北が見守るシーンは何度も出てきますが、これは二人とも坊主頭だから、あの事件の後ってことです。事件の後の展開は一気呵成に試験当日以降の出来事に流れていく感じが、すごく良かったので、この部屋での静かな描写などは「映画的には」間延びするので入れる余地が無かったのかも。
でも、「物語的には」試験直前の二人の様子が伺える貴重な画像です。
小北がリンゴむいてるが、それは自分で食べるのか?陳念に食べさすのか?その手はよく洗ったのか?と気になりますが、よく見ると皿が用意されているので、そこに入れて二人で食べるのであろうなぁ。むふむふ。陳念のやっていること(勉強)の中身はわからないけれど、なにか力になろうとする小北の気持ちがケナゲで悶絶(でもお願いだから手は洗って)。

 

◆「想活命就閉嘴(xiang huoming jui bi zui)」(生きたいなら黙れ)

このセリフは婦女暴行犯が言い残した言葉として、劇中何度も出てきます(被害者が面通しをする時、容疑者に言わせるので))。
小北も、最初この言葉を言う時は警察の面通しの時。仲間たちと思いっきりふざけた調子で茶化して言ってます。

二度目に言うのは陳念との大切なシーン。

その時はもう全身全霊で祈るような気持ちでこの言葉を言うの。小北、渾身の一言です。
強姦魔が言う常套句を使って、陳念に二人だけにしか通じないメッセージを送る。この一言が内包する宇宙は、実はとても深い。
穿った見方をすれば、「口を閉ざさなければ生きていけない場所がある」ということを、この一言は示している。
でも、最終的に二人は口を閉ざさない人生を選んだのです。だからこそ光の中で笑いあえるようになった。この映画の持つメッセージが、端的にあらわされているように思います。


◆路上の小さな花
これはちょっと調べていて知ったのですが、高考の時に、保護者達が受験生にお花を贈るという風習(?)慣例(?)があるようです。
これ、試験が終わったシーンですが、いますねぇ花束を抱えた人たちが。

で、気になるのがこのシーンですよ。

陳念の家の前の路上に、デイジーの花が雨に打たれて咲いている。
このシーンはわりと「ここ、ポイントですよ」的に長めに写されるのです。
最初何度か見た限りでは、私は勝手に、「ああ、これは暗喩ってやつか。小さな花が雨に耐えて咲いている…これは陳念の存在を示しているのだ」と、わかったような気になっていました。もちろん、それもあるかもしれない。でも、もっと深い意味がこの絵には隠されているのでは!と気づきました。
これは高考に向けての、小北からの花束だったのではないか?ということです。
よく見てみると、この花はここに咲いているのではありません。紐で柱に結わえられている。わざわざ誰かが飾った花です。
そういえば前の晩、陳念が警察に連れていかれるときに、小北はそれを陰から見ていました。現場(陳念の家の前)にいたんですよ!ビンゴだね。これはあの時に小北が飾った花でしょう。
お花は白いデイジーの花。
中国の映画ファンの方が「デイジーは陳念を表す花として象徴的に使われていると思う。陳念のノートも白いデイジーの模様だったし」と書いていたので、慌てて確認。

おお!ノートの模様は確かにデイジーです!
こういう何気ない印象から、小北が抱く陳念のイメージがデイジーになったんだね。そしてわざわざデイジーの花をひっそりと飾ってゆく。
ううう…泣ける。なんてピュアな恋心…。
でも雨の中のデイジーは、陳念に気づかれることはありませんでした。見事にスルー。
気づかれもしないことにがっかりするのか、気づかれなくても小北の心が満たされているからいいのか、気づかれないことを私たちが「神の目線」で気づいて察することに意味があるのか…ここはもう深すぎて哲学の域です。
ただ一つ言えるのは、あの花は、実は小北を示しているということです。私はそう確信しました。
小北が陳念を想う気持ちの具現だから陳念を示すデイジーの形をしているけれど、あの花は小北自身なのです。
そう気づいたらまた涙、涙…。こんなにもせつなくて愛おしい存在がありましょうか。
ジョジョ・ホイPがインタビューで言っていた、「この物語での小北は”苦しむ天使”なのです」という言葉が忘れられません。天使は、その愛を気づいてほしくて何かしているのではないの。気づかれなくても、溢れんばかりの愛を注ぐ。でも、その報われなさ(自分は陳念を守り切れていない、ということ。その無力)に苦しんでもいる。その苦しみが、「雨に打たれるデイジー」となって、陳念の足元で震えていたのではないかと私は想像しています。

 

◆「高考」の赤裸々なお話

人生を決める最大のチャンスとして作品中にも出てくる普通高等学校招生全国統一考試、略して「高考(gaokao)」。一年に一度、6月7日、8日に行われる大学入試共通テスト(のようなもの)です。
「不公平な世の中で、受験は人生で唯一のフェアな戦いだ」
という言葉が劇中で出てきますが、まさしくその通りだと思いますね。
中国ではこの成績だけで行ける大学が決まる。二次試験は無い。一発勝負だし、何点取れれば受かる、と確定するわけでもなくて、ボーダーより上だからと志望大学へ願書を出しても、点数上位者から入学許可が出るシステムだから落ちる場合もある(他の人の点数が関わってくる)。
(日本の科目でいうと)英・国・数が必須で、後は文理で分かれる。文系は社会科系全部、理系は理科系全部から問題が出る。満点は750点。トップ校の「北京大学」「精華大学」レベルだと、だいたい610点くらいがボーダーらしい。
映画の中で、高校の黒板に前年の最低線(ボーダーライン)が書いてありました。

そしてこちらが、陳念がとった点数。

なんと!632点です。すごーーい!めちゃくちゃ優秀だったということですよ、これ。日本でいえば東大・京大レベルってところ。でもこの成績が生かされることは結局なかった。

 

*****

 

ちょっと作品からズレますがこの「高考」に関しての話題を少々。

恐ろしいことに、中国では高考の成績が開示されるのです。芸能人が高考を受けると、みんながその成績を注視する。頑張ってイイ成績を取らないと、ファンが減ってしまうかも!という事態にもなりかねず、実際、点数が取れなくてファンに「お詫び」をする明星もいるそうです。しんどい…

千璽が中央戲劇學院に首席で入ったと知った時、「あれだけ演技が上手ければそりゃそうだろう」と思いましたが(芸術系大学は実技試験もある)、なんと!実技だけでなく、高考の成績も首席だったのだそうです!凄い!

ちなみにこんなものも公開されてる…(2018年の中央戲劇學院入学者成績一覧)

 

千璽は專業課(実技試験)94.85ポイント、文化課(高考成績)473点で、いずれもトップ合格です。
試験の直前まで『長安二十四時』の撮影などで仕事が忙しく休みが取れず、試験前に集中して勉強できたのはたった「57日」しかなかったのだそうですが、時間があればもっと点数取れたのでしょうね。何から何まで良くできた子だなぁ。惚れ惚れ。
2位に李蘭迪(リー・ランディー)がいますね。『宮廷の茗薇 ~時をかける恋』で主役を演じてる美人さんです。才色兼備の同級生かぁ。

ついでなので、ここ最近の芸能人「高考」高成績ベスト5ってのを載せてみます(いろんなサイトにこうした順位が載ってる)。まぁ、千璽が入ってるから載せたいだけですけどねw
芸能人はこぞって芸術大学に行ってますが、プロフェッショナルを極めるというのが常道なんでしょうか。

 

第1位 關曉彤(グァン・シャオトン)(2016年) 

552点 北京電影学院

 

第2位 趙今麥(チャオ・ジンマイ)(2020年) 

524点 中央戲劇學院


第3位 易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)(2018年) 

473点 中央戲劇學院

 

第4位 李蘭迪(リー・ランディー)(2018年) 

466点 中央戲劇學院

 

第5位 呉磊(ウー・レイ)(2018年) 

456点 北京電影学院

 

ちなみに中国芸能界で「頭がいい」と言われてる人の筆頭が黄磊(ホアン・レイ)なんだそうです。
へー!やっぱりセンセ、凄いのね!

知る人ぞ知る…ですが、私は以前(15年ほど前か?)黄磊のファンサイトをやっておりました。ファンだったってことです(遠い目)。その時の呼び名が「センセ(先生)」。インテリ臭いところがチャームポイントでしたのよ。
ちなみにその時のタイトル画像(今とは別人級)がありましたので載せておきます。

センセの時代はシステムが違い詳細はわからないようですが、バリバリの理系で、数学と理経科目は満点だったそうな。北京大学も余裕だったらしいけれど、北京電影学院に入り、大学院を経て教授になりました。今じゃ北京電影学院の代表格ですね。文人気取りもなりをひそめ、最近はなんだかコメディ俳優っぽくなってます。

まぁ、成績のよろしい人はいくら話題に載っても構いませんが、そうでない人も話題になってしまうのが高考の悲しいところ。これ以上は触れませんが…ゲフンゲフン。
ちなみに、芸術系大学は入学できる人数が激少なうえに、実技の点数が高くても高考の点数が足らないと落ちてしまうので(逆もしかり)、浪人が多いそうです。鞏 俐(コン・リー)は4回、湯唯(タン・ウェイ)は3回挑戦してるのだそう。大物女優になる人は根性があるのね。

 

◆千璽、弾き語り
最後に千璽が歌うこの映画のイメージソング『念想』のMVを貼っておきます。
めちゃくちゃステキ。
千璽は楽器全般こなせるらしいのですよ。スゴイな。何もかもデキる出木杉君か。


www.youtube.com