『送你一朵小紅花』(A Little Red Flower)

映画『送你一朵小紅花』(A Little Red Flower)を見ました。

2020年の中国大陸作品。日本未公開。
監督:韓延(ハン・イエン)
主演:易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)、劉浩存(リウ・ハオツン)
朱媛媛(ジュー・ユエンユエン)、高亜麟(ガオ・ヤーリン)、夏雨(シャー・ユー)、岳云鵬(ユエ・ユンポン)他

脳の癌を患った若者、韋一航(ウェイ・イーハン)(演:易烊千璽)は、病気である自分を悲観してネガティブで引きこもりがち。長期で学校も休んでいるので友達もいない。
勧められて顔を出した「癌患者の会」で、幼い頃に癌を患った経験を持つ馬小遠(マー・シャオユエン)(演:劉浩存)に出会う。彼女はポジティブで明るい女の子。イーハンをいろんなところに連れまわし、生きる喜びを伝えようとするシャオユエンに、頑なだったイーハンの心も次第に前向きになり、二人は恋に落ちるが…

と、なんとなくあらすじっぽいものを書いてみたけど、ちょっと違う。
こう書くと、病気の恋人同士のラブストーリーみたいに思われてしまう。でもこの作品は、そんなに一面的なものではないんですよ。
まず「人生の困難に遭い、ツラい思いをしているのは果たして自分だけであろうか?」という大きな問いかけがある。こう書くとそれも、他者と比較して「もっとつらい人もいるのだから云々」的な文脈に落とし込まれそうで怖いのだが、要は、困難な時こそ、視野を広くもつことで別の次元のものが見えてくる、ということだ。この主題に持ってゆくための脚本の流れが、実に巧い。「別の次元のもの」として、当然存在する「世界は自分のテリトリーの外側にもある」ということ以外に、(夢の中でずっと親しんでいた)パラレルワールドの存在が出てくるのだけれど、そういったファンタジー的な要素をも含みながら、目の前の厳しい現実とどう向き合ってゆくか、という複雑な問題を、丁寧に掬い上げるように描いている。

癌患者本人と、その家族。どちらがつらいのだろう?そりゃ癌患者本人だよ!…と、最初、イーハンは思っています。なにしろ死の恐怖がすぐそこにある当事者ですから、そんなの当たり前じゃん!ってね。
でも、自分の愛する人が病に倒れた時、イーハンは初めて気づくのです。自分の病気より、もっと耐え難いことがあるのだ、と。そして同じ思いを両親はずっと抱えていたのだということにも気づいてゆく。愛の存在を知ったからこそ、気づき、感じることができる感情がある。失いたくないものができた時、人は本当に「怖いもの」ができる。ふと周りを見回すと、そんな人はたくさん存在していた。自分のことだけで精いっぱいで、気づかなかっただけだったのです。
その時になって、イーハンは初めてシャオユエンがいろんなところに連れまわして、いろんな体験をさせようとしてくれた意味を知る。病気に対しても「先輩」だった彼女は、ずっと前から広い世界を知ってたんですよね。

ラブストーリーでもあるし、家族愛の話でもあるし、人生模様を描く物語でもあるし、青年の成長譚でもある。思いのほか盛りだくさんな作品です。ただの「難病モノ」ではない。
世界は、あなたが思うよりずっと広くて、優しい。けれど、残酷でもある。それでもあなたは生きてゆく意味があるのだ、というメッセージが、直截的な言葉ではなく、物語の流れで表現されている。暗く悲しいだけに終わらず、コミカルだけれどセンシティブな優しいトーンで描かれている。

個人的には、主人公の若い二人というよりも、終始、彼らの親の気持ちになって見てしまいました。

もう、圧倒的に親目線。イーハンは完全に息子です。ウチの子とちょうど同じ年回りなんだよ…もう、ママの気持ちがわかりすぎてたまりません。そうした個人的な背景も影響して、イーハンの一挙手一投足が愛おしくてたまらない。

こんな大切な可愛いわが子が、なんでこんなツラい目に…と憤り、打ちひしがれながらも、その無念をぶつける場所も無く、息子の前ではネガティブな雰囲気を見せるわけにはいかない。でもツライ。何よりもツライ…という、両親の気持ちにどっぷりハマって涙、涙です。
病気のことだけじゃない。お金のことや、食事や栄養のこと、学校や友達のこと、彼女のこと…心配事は尽きないし、親として頑張らなきゃならないことがいっぱいある。ただただ我が子が健康で幸せであって欲しい、そのためなら何も厭わないという両親の祈るような気持ちに同化しちゃうの。

ちっちゃいエピソードにもあるあるが満載。

例えばこのシーン。可笑しかった。ノックをせずに部屋に入ってくるママ。同時にすっごい勢いで慌ててPCを閉じる息子。「わ!ごめん!続けて!」と、察するママ。「いや、そうじゃなくて!」と必死の弁明をする息子。(でもご丁寧にティッシュが絶妙な位置にある。今気づいた。…演出w)「わかってるわかってる」と勘違いのママ。

真実は「シャオユエンがやってるライブ実況をこっそり見てた」です。それバレるのも嫌かもね。いっそエロだと思われていたほうが気が楽かもなぁ。ネットを見る時いつも膝を抱える体育座りのイーハンが可愛い!

私が大好きなシーンは、シャオユエンが病に倒れた後、ふさぎ込むイーハンにママが語りかけるシーン。この時のやり取りが、とても好き。ジーンと来てしまう。

ママはいつだって息子の一番の味方なのです。永遠に一方通行でも物ともせず。

イーハンを演じる千璽は、可愛くて可愛くてたまらない。
またもや見たことがない千璽を思いっきり見ることができました。すごく自然にイーハンがそこにいる。このキャラも最初と最後ではガラッと変わるのです。ネガティブでシニカルで投げやりだったイーハンが、シャオユエンに影響され、運命に翻弄され、いろんなことに気づいて変わってゆくさまがしっかり演じ分けられて、説得力をもって存在している。

人生を悲観するネガティブイーハンも

 

恋をしてときめくイーハンも

 

愛を知って強くなったイーハンも

 

どのイーハンも見事に愛らしい。
千璽のこの表現力って、驚異的だと思う。役柄によって完全に違う人間になってしまう。演技プラン(みたいなものがもしあるのだとしたら)緻密すぎて空恐ろしくなる。天性のものなのだろうか?

そうそう。(『少年の君』に続いて)この作品でも千璽はバリカンで頭を坊主にしておりました!またもや!

しかも「愛する人に寄り添うために同じ髪型にする」という、理由まで同じ。
凄いシンクロニシティ
バイク二人乗りのシーンもあった。今回は立場逆転。女の子に乗せてもらっております。(ちゃんとメット着用。お利口さん!)

イーハンは小北と違って、「守られる」側の人なんですよね基本。最後に覚醒するけども。子どもから大人へ…という中の、まだ子どもの部分がこの作品の大半なのだから。

 

圧巻の演技は何といっても、酔っぱらいの長演説シーン。

イーハンがシャオユエンに言いたくても言えなかったことを酒の力を借りて言うのだけれど、これがあまりにも可愛くて、酔っぱらい嫌いの私でさえメロメロでした。千璽の演技の巧さも堪能できます。

「毎朝起きると君の顔が見たいなぁって思うし、夜はベッドに入る前にどうしても声を聴かなきゃ眠れない。SNSに載ってる自撮り写真は大きく拡大して頭の中に叩き込むし、中学一年生が「出師表」を暗記するみたいに、君が話した一字一句を全部覚えてる」(「出師表」とは諸葛孔明が上奏した名文。中国では中学生が覚える教材として一般的なのだそう)

あーだこーだ言っているけど結局言いたかったのは「我喜歓你」の一言なのでした。やっと心が通じ合って、雨の中ひしと抱き合う二人が愛おしくてたまりません。
この「勇気ある告白」にシャオユエンが”よくできました”の「花丸」を手の甲に描いてくれるのです。
これがこの映画のタイトルとなってるの。

チューブにそのシーンがたっぷり載ってる主題曲のMVがあったので貼っておきます。可愛いからぜひ見て頂戴!
この主題曲がまた、とても良くて。センシティブなのにコミカルで、暖かくて、悲喜こもごもの人生を彷彿とさせる可愛らしい曲。
この曲を作ったシンガーソングライターの趙英俊は、この時すでに末期癌で、この曲を作ったのを最後に亡くなったのだそうです。享年43歳。
この曲には絵空事ではない、本当の人生が投影されている。それを思うと、いっそう胸に響きます。


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作品に込められたメッセージも深いし、千璽の演技も素晴らしかったし、愛情に包まれた主人公のいる世界がとても尊く思える、素晴らしい作品なのだけど…残念なことに、この作品にも(またもや)盗作疑惑が浮上しております。
千璽にとっては立て続け。被害甚大ですよもう!
『少年の君』は、原作本が盗作だとされていましたが、こちらは映画作品自体が、ハリウッド映画『きっと、星のせいじゃない。』をパクってるのではないかと言われています。どうやらマネジメントの問題などが絡んでいて(もともとリメイク権を取っていた?)版権とかがこじれているという背景があるようです。一概に盗作ということではなく、契約の面でいろいろと紆余曲折があった模様(?)。とにかく、もうこんなスキャンダルで作品にミソをつけられるのはうんざり。マジでちゃんとしてくれ。
現場は頑張ってんのよ。頼むよ。
映画業界の裏側のことなどは知る由も無いですが、この作品が良作なことに変わりはないの。でも、権利問題がこじれてたら日本公開なんてのは望めないだろうし、DVD化も無理かな…なんて思うとね…千璽の演技が最高なだけに、惜しい。マジで惜しい。悔しいなぁ。
千璽が次に日本で見られるのは『奇迹·笨小孩』でしょうかね。てか、来るのかこれ?
劉浩存(リウ・ハオツン)は張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『ワン・セカンド 永遠の24フレーム(原題:一秒钟)』が日本公開決まりましたね(もうすぐ公開です)。これが日本初お目見えになるのではないかな?


予告編


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