1986年の秋の記憶

あの日、大学の周りは騒然としていた。
隣にある病院に大勢のマスコミが押し寄せ、たくさんの野次馬がそこで行われる会見を一目見ようと鈴なりになっていた。大学の校舎には学生たち手作りの「おめでとう!」の垂れ幕が飾られ、私もその人混みの中にいた。「全然見えないよー!」と友人たちとワイワイ言いながら、話題の2人が出てくるのを待った。
会見の2人は満面の笑みで現れた。若くて元気な稀代のアイドルは、すっぴんに近い自然な表情で、ガハハと笑いながら最高の幸せを伝えた。生まれたばかりの女の子は日本中の熱狂に包まれていた。

知り合いの家の子が育ってゆくのを見守るような気持ちだった。
ママと一緒に歌う姿に感涙し、美しく済んだ歌声や堂々とした演技に魅了され、立派な表現者として人気も実力も得てゆくのが頼もしかった。幾多の苦労を乗り越えて、見事に自分の花を自力で咲かせたと聞いた。努力の人、とファンは言う。そうだったのか、あの時の小さかった赤ちゃんが…と感無量になる。素晴らしい成長譚に、勝手に胸を熱くした。

悲しいニュースを聞いてから、あの秋の日の風景が心から離れない。
始まりのあの日、怒涛のような喧噪の中に生まれた命のことを思ってやまない。
あの日、日本中が誕生を祝福した赤ちゃん。
天に召された今もまた、日本中がその喪失を悲しんでいる。

どうか安らかにありますように。