東京国際映画祭で「深海」を見る。

戴立忍がちょこっと出ている、ということでこのへん(どのへん?)で話題だった「深海」が東京国際映画祭にやってきましたので、観にいきました。
諸事情により平日夜9時55分からというめっちゃ遅い時間帯の回しか選べず…舞台挨拶はもちろんティーチインもない、きわめて「映画祭に来てる」ていう実感の薄い地味な鑑賞と相成りました。
でもって映画も地味だった…。
いや、そりゃわかってましたよ。だって台湾映画だし。
それでも私はこの作品、今までに見た台湾映画の中においては比較的すーっと心に入り込んでくる馴染みの良い作品でした。登場人物の感情が「すべて」手にとるように、実感を伴ってわかったんですよね。誰かの行動や発言に「どうしてこんなことを?」と不可解な違和感を感じない。納得できる。
ただ一つ納得できないのは「そもそもどうして鄭文堂監督はこんな話を撮ろうと思ったのか?」ってことだけです。
鄭監督にとってのこの作品とは何ぞや?
少なくともそれは「娯楽」でないことはわかる。
ちょっと思ったのは、社会的な弱者(ここでは前科者、心の病を抱えた人、労働者、場末の夜の女…など。それらは個々ではなく大きくはターシー演じるアユーに収斂されているのだけど)へ意識の焦点を当てることによって、この世界を別の視点から見るという試みをしているのではないか?ということです。
簡単に言うと「弱者への優しい眼差し」みたいなものを感じたし、それはある種の人たちにとってとても心癒される視点であるとも思うのです。だからこの作品は「癒し」だったのかもなーと。
私にも「どこかに自分の場所はある、必ず」という何か確信めいたプラスのメッセージを読み取ることができましたし、それによって少し勇気付けられもしました。
その意味では、少なくとも私にとってこの映画は「暗い映画」ではなかったです。
いや、もちろん明るくもないんだけど(笑)。
でも、あの終わり方は「深海から水面に向かう途中に頭上の海面に陽の光が射して水がキラキラ輝いているのが見えている」イメージだった。
明るい予感と、それでもまだ深い海の中にいるという閉塞感と、その両方が混じりあった感じ。
で、この感じは私自身未知のものではなく、だから、どこか心に響くような気がしたのでしょう。
とはいえ、それはあくまでも作品を観た感想であり、それ以前の話としてやはりどうしても「なんでこんな話でなくちゃいけなかったのか?」てのがあるわけですが。

今回映画祭の出品作でしかも戴立忍がでてたから観たけど、普通に映画館にかかってたら私ゃ絶対にこれ、観ないもん。
わざわざお金払ってこういった話を見せられるこちとらどうしたらいいの?って感じ。
この映画を撮った具体的な動機を、ティーチインあったら聞きたかったな。

俳優の演技に関しては特に破綻もなく、みなさん素晴らしかったです。
ターシーはこういう役が上手いですね。可愛いのに汚れ役。
私の先入観として、ターシーってどうしても「台湾の女の子」の代表的なイメージなんですよ(台湾にはまりたての頃すごく好きなシンガーだったからかも。そもそも私が台湾POPSにハマった最初がターシーの「被動」だったのだー)だから、ターシーが佇む場所には強烈に「台湾」がある。それがこの作品ではすごく効果的でした。あくまでも私個人の感覚なんですが。
安姐を演じた女優さん(名前わからないんですが)も、中年女性の淋しさ、侘しさ、嫉妬、優しさを演じ分けてて素晴らしかったです。
李威は歳相応の若くてまだ未熟な男の子の感情の流れを丁寧に演じてて、ターシーの気持ちがだんだん萎縮してゆく過程にものすごいリアリティを与える役目を見事に全うしてました。李威の表情にちらっと浮かぶ不機嫌の萌芽を、観客もターシーと同じように見つけて動揺すると思う。怖かった(笑)。好きな人に「嫌われているかも」「失ってしまうかも」と思う時のあの怖さ。
戴立忍は華を添えていました。セクシーで、綺麗でした。真面目腐った男の役よりこういった雰囲気の「ちょっと悪い男」の方が華やぐ人ですね。

一番好きなシーンは、断然、人形遣いのシーンです。
寂れた海辺にやってくる布袋戲(ポテヒ・台湾の伝統人形劇)。人形遣いは心の病を抱えた青年なのですが、彼の手の中で踊る人形の、なんと生き生きとしていることか。
ほんのちょっとのエピソードのように挟まれたシーンですが、この映画はあの人形たちがいたからこそ、私の中ではOKになりえたんですよ。
人形が全てでした、とまでは言いませんが(笑)、そこまでのストーリーが語ってきたドロドロした苦しみを全て呑み込んだのはあの人形(人形遣いではなく、人形そのもの)だったの。
港の隅のほんの小さなスペースに、彼女と彼にとってきらめくような世界が生まれた。
人形劇という閉じた世界に没頭しながら、心を開いてゆく人たち。その至福、が伝わってくるいいシーンでした。