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月映(TSUKUHAE)1914-1915


すごく楽しみにしていた、宇都宮美術館の企画展に行ってきました。
「月映(TSUKUHAE)1914-1915」です。



公式サイト


「月映(つくはえ)」とは、田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎の3人が美術学生時代に始めた版画と詩の同人誌です。
まず最初に、私輯「月映」(私家版ですね)があり、その後、公刊されて7巻まで発売されました。
7巻で終わってしまったのは、田中恭吉が結核で病没してしまったためです。まだ23歳でした。


命の灯が消えようとする中での、田中の創作には胸を打たれます。
ほんとうにせつない。
田中の、死を前にした作品群は読者に思索をもたらすものとなっています。
生と死の深淵に思いを馳せる中で得た様々なことを表現してゆく藤森と恩地の作品もまた、心に沁みます。
そんな事情ですので「月映」の作品群はどれも影がある。暗いです。
まさに静かな夜に佇んでいるかのような作品ばかり。
実際に冊子は思うように売れなかったそうですが、この暗さと思索的な深さはそう愉快なものでもないので、大衆の関心というのは限られたのかもしれませんね。
奇しくも死と隣り合わせで歩まざるを得なかったこの同人誌は、その誌名のとおりの世界観を明確に打ち出しています。
ほんの束の間、喪失へのカウントダウンの中で、バチッときれいにスパークした創造の泉。それが「月映」なのかもしれません。


彼らは「月映」を作る前にも、自筆の詩画を綴じた「ホクト」「密室」という回覧雑誌をっています。
この回覧雑誌時代には同人はもっと多く、彼らが所属していた白馬会原町洋画研究所の仲間たちが参加していました。
今回の展覧会にはこれら回覧雑誌も展示されていましたが、これがなんとも胸トキメクものなんです。
好きなことを、同好の友たちと思いっきりワクワクしながら作ってゆく、同人のトキメキが溢れている。
田中もまだ結核に罹っていないし、みな若くて意気盛んな画学生たちで、いろんな試みをやろうという気概に満ちている。
有名になろうとか、金持ちになろうとか、生業にしようとか、そういう文脈がまるでないところの純然たる「好きなことを思いっきりやる」という、同人活動の羨ましいほどの楽しさが伝わってきます。
やがて彼らは当然のことながら、これをもっと多くの人たちに披露したいと思い、詩画集を版画に切り替えようと画策します。
そうして「月映」が刊行されるに至ったのですが、その時にはすでに田中は病に倒れてしまっていました。
これから、という時に……さぞ無念だったろうと思います。
藤森と恩地は、もはや版画を彫る体力もなくなった田中の言葉(詩)を載せ続けることで、あくまでも”3人の”「月映」を守り抜くのです。
消えゆこうとする命と向かい合う中の田中の詩と、どんどん思索的になる藤森と恩地の版画と。
後半になってくるとそれらはもう涙なしには見られませんでした。



展覧会の図録は分厚な単行本スタイル。
表紙が白くてとてもキレイなんだけれど、すぐ汚れてしまいそうでハラハラします(汗)。
すぐにでもパラフィン紙を買ってきてカバーしないと!
内容は超充実していて、これ以上の資料はないでしょうね。「月映」ファンは必携でしょう。
この3人の青春は、こう言っちゃなんですけど、すごくドラマティックです。
映画にしたらヒットしそうな魅力的な物語になると思います。


図録に載っている宇都宮美術館の主任学芸員の伊藤伸子さんの文章の中に、すごくいい視点のものがありました。
彼らの出会い……すべてのはじまりの時を、1910年の春の夜、ニコライ堂の近くでハレー彗星を見上げる田中を起点に、福岡から上京してきて白馬会の洋画研究所に通い始めた藤森と、東京芸術学校に入学して竹久夢二に心酔して交友を深めてゆく恩地の様子を重ねて描写しています。
この、まだお互いを知らない3人が、1910年春の夜、ハレー彗星が駆け抜ける東京の夜空の下に人知れず集っていたのだよ、と。
この描写を、伊藤さんは解説の最期に載せています。
物語のはじまり…というより、まさしくラストシーンに相応しい描写だなぁとグッとキました。


最後にどうでもいい余談なんですが。
すごく不遜だということは承知で。展覧会を観た感想なんてものは所詮個人的なものの域を出ない、ということで容赦ねがいますとね……実は私、彼ら3人を、私のかつての同人活動(同人サイトのね)にちょっと重ねて見たりもしていました(汗)。
同人の楽しさがクッキリと記憶の底にあるもんだから、呼応しちゃうのね。
人数も同じだし、なんというか…役割的にもなんだか似てるのですよ。
社会的折衝が上手くて頭が良くてリーダー格の恩地のような姐さんがいて、一番影響力があって情熱的で核となる存在だったのに一番最初にいなくなっちゃう田中のような姐さんがいて。
私はさしずめひたすらコツコツ作品を作り続けた藤森の立場かなぁ、とか。
そんなことを考えながら見ていたら、別の意味で胸がキュンとしました。
あの、短くもトキメいていた一瞬の素晴らしいスパークを、私も見たことがある。
ああ、見たことがあるんだよなぁ…と。



美術館の庭は紅葉がきれいです。
深まりゆく秋です。