「摩滅の賦」

 

摩滅の賦

摩滅の賦

 

 四方田犬彦筑摩書房
美しく深みがありながらもわかりやすい文章で、この世の深いところを優しく覗かせてくれるような稀有な一冊です。
「生涯」なんていう大仰な言葉を始めて覚えた幼い頃に見た夕暮れを思い出しました。
どこから始まったかわからない、これは旅の本かもしれない。
この本に出会えたことは幸せな収穫でした。みなさんも是非。激烈にオススメです。
書いてあることは究極に難しいけれど、文章が平易ですんなり心に入ってきますよん。
「摩滅」(文字通り、擦られて滅してゆくものたち)をテーマにした文章です。
「間近にあっていつも猶予されている、終末」を感じさせる様々なものを語っています。
それは撫でられ摩滅する仏像であったり、レリーフであったり、石であったり、建築やはたまた肉体であったり精神であったりする。文学の引用もあれば、歴史語りもあり、旅行先で出会った風景の話もある。緩やかに消滅へと向かうすべてのものに対する作者の多層的な慈しみと洞察の眼差しが、とても新鮮です。
滅することへの情緒というのは持ちすぎるということが無いように思うんだよね。
死を思うのは、どれだけの想像力があってもいいと思うんです。あればあるほど、いいんじゃないかと。
短絡的に「死」を語る感性ってのは、それがどういうアプローチ方向であれ、どうにも反発を感じる。
こればかりは生きている者として、常に疑問形で語って欲しいと思うんだよね。
例えば「この世の仕組みはこうなっているんですよ。霊は死んでもここに浮遊しています。なぜなら私には見えるから。」的なモノの捉え方というのは、人としてダメだと思う。どうしても。だって、多くの人間が有史以来宗教をもち、芸術をもち、言葉をもってきたことのそれは否定に他ならないから。
四方田さんはそのことを具体的な「モノ語り」によって示してくれています。