秋の日の丘






大空に漂う白雲(しらくも)の一つあり。
童(わらべ)、丘にのぼり松の小かげに横たわりて、ひたすらこれをながめいたりしが、そのまま寝入りぬ。
夢は楽しかりき。
雲、童をのせて限りなき蒼空(あおぞら)をかなたこなたに漂う意(こころ)ののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。
童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。
めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉(もみじば)火のごとくかがやき、松の梢(こずえ)を吹くともなく吹く風の調(しら)べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地(ゆめこごち)せり。
童はいつしか雲のことを忘れはてたり。
この後、童も憂(う)き事しげき世の人となりつ、さまざまのこと彼を悩ましける。
そのおりおり憶(おも)い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。


国木田独歩「丘の白雲」