『半生縁』

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(1998)

原作:張愛玲
監督:許鞍華(アン・ホイ)
出演:黎明(レオン・ライ)呉倩蓮(ン・シンリン)梅[豊盍]芳(アニタ・ムイ葛優(グー・ヨウ)呉辰君(アニー・ウー)黄磊(ホアン・レイ)

 

人生、どこで転ぶかわかんないもんです。明星道もしかり。平坦だと思っていた道に思わぬ落とし穴があったりすんだから。
この映画、何年か前にVCDを買って一度ぼんやりと見たきりずっと押入れの奥に眠っていたんですが、先日(忘れもしない2001年の12月半ばの某日)、ふと思い出して再び見てみたのです。ちょっとリヨンの映画が見たい気分だなーくらいの軽い気持ちで。
それがこんなことになろうとは。
アタシはこの作品で思いもよらず黄磊に激惚れしました。我ながら驚愕した(笑)。
最初は、黄磊本人と言うより、この「許叔恵」という役に惚れたんだと思う。
それほどまでにこの役はステキな(私好みの)男性で、それをなんともナチュラルに演じる黄磊は、見事に役に同化しててひたすら輝いて見えたのでした。
この映画、キャストもいいし脚本も映像も音楽もいい。
文芸片ですが堅くなく、娯楽的でありつつ軽くなく。いいこと尽くめです。

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さよならだけが人生か?結ばれぬ男女の人生模様。

この物語、主役はリヨンと呉倩蓮ですが、4っつの恋のエピソードが盛り込まれています。
リヨンと呉倩蓮の恋、黄磊と呉辰君の恋、梅姐の若き日の(医者の卵だった恋人との)恋、葛優のン・シンリンに対する片思いの恋。でもってそのどれもが見事にすれ違い、はかなく時が過ぎてゆくのであります。
誰もが孤独で、誰もが苦い後悔の思いを胸に抱いて生きている。
けれども時間はもう戻らない。

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全編を見終えたときに、あらためてオープニング・タイトルバックの、リヨンと呉倩蓮がすれ違う映像が深みを持って胸に迫ります。呉倩蓮に気付くこともなく明るい表通りに去っていってしまうリヨンと、それを振り返り暗い室内に入ってゆく呉倩蓮という、ね。実に象徴的な映像。
これって多分、かなり悲劇的な話なのかもしれない。
でも、アン・ホイ監督はそれを過剰に演出することなく、淡々と、情緒豊かに描いています。
人間、そんなこともあろうかね、という諦念…というよりなんというか、ごく自然にそういう結果になってしまったなぁ…という「人生の妙」を感じさせるウマい作り。

悲劇もそのエピソードだけ同時的に取り出してみれば悲劇には違いないけれど、人生全般を俯瞰して見た場合にはもっと淡々とした一要素に過ぎず、人間、そういったものともなんとか折り合いをつけて生きてゆくのかもしれない。だからこそ人生とは深く、簡単に窺い知ることなどできないものだと。
そんなことが感じられたりもし。
それとね、叶わなかった恋の「苦い想い」を、その後の人生でどう捉えてゆくかは100人100様だということも思う。
それを抱え続けてゆく者もいれば、新しい自分を探す者もいるし、きれいな思い出として心の支えにする者もいれば、後悔を取り戻そうと貪欲になる者もいる。
人間って、多様で面白いなぁ、と。そんなことも思いました。

黎明でなければできない役(!):沈世釣。

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主人公の沈世釣という男は地方のわりと裕福な家庭の子息なんだけど、なんというか煮え切らない奴で、ぬぼーとしてる。で、とにかく気が利かないんですわ。
最初のシーンでバスを待っていた曼楨(呉倩蓮)を押しのけて自分だけ乗る、ってのがあるんだけど(笑)、そういうのがナチュラルな状態の男。冷たいとか、性格悪い、ってのじゃなくて、とにかく気が利かない。
それを黎明がなんとも上手く演じてるんだわ。
演じてるんじゃなくて「地」か?とも思えるほどに。(いや、ホントの黎明はすごく気が利く人らしいんだけど。でも、イメージはわりとボーっとしてるからさ。)
そこがかなり見どころかと思われ。
ちなみにこの映画では黎明のコート姿もとっても素敵。たぶん彼は香港一コートが似合う男だろうな~。


about 黄磊

黎明に劣らず、黄磊も役になりきっております。
黄磊のどこがいいとかいうより先に、この映画って演じた役:許叔恵のキャラがツボで(笑)、見ていながらどうしても両者が(黄磊本人と役柄が)ダブっちゃって仕方なかったです。黄磊の演技の上手さなのだろうか?このキャラ立ての見事さは。つか、やっぱ監督のお陰?
ってことで、黄磊のツボをさっそく語ってみる♪

 

■明るくて優しくてキュート。許叔恵という男のバランス感覚を見事に演じる黄磊。

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お呼ばれした食卓ではかいがいしくお手伝い。「そんなことしなくていいのに」と言われつつも、やってしまう律儀さ。片や、なーんも手伝わないどころか人を働かせてばかりのリヨン。  

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呉辰君に甘栗の袋を差し出して「どうぞ」と勧める優しい黄磊。一方、リヨンは「彼女はそんなの食べないよ」とそっけなく袋を横取り。    

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悩んでいる友人・シンリンの話もちゃんと聞いてあげる。何でも話せるいい友達の黄磊。しかも前向きな気持にしてあげられる明るさがある。    

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恋しい人と親友が結婚することになっても、友人代表で結婚式を盛り上げてあげる。ケナゲ!当のリヨンは大して好きでもない相手との結婚に仏頂面。

■「愛してる」と言葉にしなくても全身からにじみ出るせつない想い。

この映画のもう一つのロマンス:許叔恵(黄磊)&石翠芝(呉辰君)のラブストーリーを追ってみました。
もうねー、アタシにとってはこっちの2人のロマンスの方が胸を打つんですよねぇぇ。
恋の切なさが本当によく描かれていて。

1)出会い。

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世釣の家に遊びに行った叔恵は、そこで初めて世釣の見合い相手・翠芝と出会う。
翠芝は、自分のことを全く相手にしてくれない世釣との気まずい会話に意気消沈しつつ、さりげない気遣いをみせる叔恵に、心温まるものを感じるのであります。それまでつまらなそうにしていた翠芝が、叔恵の優しい眼差しに、フッと救われたように微笑む瞬間。
恋の予感?呉辰君、奇麗です。

2)思いがけず二人きりに。

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その翌日、公園に遊びに行った3人ですが、ボートに乗ろうと思った矢先に翠芝のヒールが折れてしまう。
すかさず「僕が戻って靴を取りに行ってあげる!」と言う叔恵なんですが、初めて訪れた南京の地で道がわからないだろうということで、仕方なさそうに世釣が靴を取りに戻ることに。
取り残された二人はボートに乗ってつかの間のデート(?)を楽しむのですが、とにかく照れちゃってぎこちない。
そのぎこちなさが本当に、なんというか、とにかくもう、イイ!!!

実はアタシ、この場面が一番好きなのです。この映画の中で、というよりも、今まで見た映画の中でも屈指に好き!ホントーに好き!この場面に出会わなかったらきっと黄磊に転んでるアタシは無かったことでしょう。いや、ホント。

水郷の都・江蘇の情趣溢れる映像。優しいバックミュージック。
冬枯れの木立を遠くに見ながら、「お見合い」のように照れちゃってる二人。
翠芝はそれまで手を出さなかった甘栗を美味しそうに頬張り、叔恵は煙草を吸おうと取り出すのですが、マッチが無く、照れ隠しのように口笛を吹きはじめる(曲は『遠き山に日は落ちて』だ(笑))、と。

このシーンで感じるのはねぇ、「春の予感」なんですよ。
きっとこの2人が醸し出す、穏やかで優しい空気がそういう心浮き立つものを醸し出しているのです。
3)再会。

結局、二人の間に何か確固たる気持の確認などないままに上海に戻った叔恵なんですが、何ヶ月か後、再び世釣と曼楨とともに南京を訪れます。その時に会った翠芝は、すでに金持ちの御曹司の婚約者になっていました。 

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コート屋(?)で、偶然再会する二人。翠芝の隣には親の決めた婚約者の姿が。
呆然とする叔恵と、表情が固まる翠芝なのですが、翠芝は叔恵の隣にいた曼楨にすかさず目をとめて(曼楨を叔恵のカノジョと勘違いして)「彼女をこんな寒い時期に連れてこなくてもいいのに」と、軽く嫌味を放つトコがカワイイ。精一杯の想いの丈を感じちゃう。
4)またデート(もどき)。今度は確信犯。

翠芝の婚約者は世釣の友人でもあったため、皆で集団デートをすることに。
訪れた公園で、皆から離れ、どうにかして二人きりの状態に持ってく叔恵。
足場の悪い山道を歩く時に、さりげなく差し出された叔恵の手に、万感の思いを込めた目で見つめ返す翠芝。

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ああ…どうにもならない二人の恋。
もうすぐ恋しい人が他人のものになっちゃうという苦しみ(しかも自分にはどうすることもできない)。
1人きりになると、悲しくて思わず涙ぐんじゃう叔恵なのだった。

(が、その後翠芝の縁談は破談に。ひとまず人妻にはならずに済みました。)

5)翠芝、とうとう結婚。しかも相手は当初の予定通り、世釣。

翠芝の縁談が立ち消えたのも今は昔。回り道をしたものの翠芝は結局、叔恵の親友である世釣と結婚しちゃうのです。
所詮、翠芝はお嬢様。そこそこは裕福とはいえ、一般人の叔恵には到底手の届かない人なのです。
というか叔恵には手を伸ばす勇気が最後まで無かったわけですね、要するに。

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親友と恋しい人の結婚式の後、1人で夜道を帰る叔恵。ああもう限界。二人の家庭なんて間近で見てられるわけもなく…ってことで、叔恵が決めた身の振り方は「海外逃亡」。とっとと荷物まとめて翠芝の事を忘れんが為に海の向こうに去っていってしまうのでしたっ。
6)何年も、何年もの後に。

やっと叔恵が海外から戻ってきた頃には、すでに翠芝は二児の母。
しかし、相変わらず屈託の無い笑顔で翠芝の子供たちを抱き上げる叔恵だったりする。
叔恵はいつまでも世釣の良き親友で、翠芝に対しても夫の良き親友、なのであるよ。

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帰国のお祝いをするから、と世釣の家に招かれたものの、あいにく迎えに出た世釣と行き違い、またもや偶然二人きりになってしまった叔恵と翠芝。
いつになっても戻らない世釣を待ちきれなくて(この時、世釣は曼楨との再会に涙、また涙…だったのです)結局、二人で先に飲み始めることに。

わきあいあいと「元気?」なんて言いながら洋酒を酌み交わす二人なんですが、なんだか照れ隠しなのかピッチが早い(笑)。このとき、酔っ払った翠芝の口から思わず
「あなたが将来、どんな人と結婚するのかわかるわ。きっと、若くて…奇麗で…お金持ちなのよ」という言葉が滑りでる。それに対して、叔恵は「それはみんな君の欠点だったよなぁ」なんて返すのです。お互いに笑顔で、まるで雑談のように。

このセリフ!いいでしょぉぉ~。
翠芝も叔恵も「あなたと結ばれたかった」と言外に言っているのですよ。
でも、直接的には何も言わない。こうしたものすごーくわかりにくい遠まわしなことしか言わないの。
だからこそグッときちゃう。さすが文芸片だなぁーと思うね。恋の言葉が、素晴らしい!!
この二人の恋は、この二人しか知らず、しかもお互いの気持を量りあぐねた言うに言えない「片思い」状態であるのだなぁーってのがよくわかる。それがもうせつなくてねぇぇ。せつないけれどもきっとこの恋は永遠にシアワセな恋であるかもしれないと思えたりもし。
それは世釣と曼楨のように運命に翻弄された恋の結果ではなく、自分の意思でそうしようと決めた恋の結果だからだと感じるんだけどもね。

酔っ払った翠芝の頬に触れようとし、触れられない、叔恵の躊躇いと諦めと、その後の「トモダチとしての笑顔」がなんとも深みがあって良いです。

オマケの萌え画像。パジャマ(笑)

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世釣と曼楨と叔恵が3人で公園を訪れた日。つまり、若き日の世釣が初めて曼楨に会った日の夜。
曼楨は叔恵の家に電話をかけてきて「手袋を落としたらしいの。知らない?」と聞いてくるのですが、その時のシーンがこれ。

黄磊のパジャマ姿がなんともカワイイのだ。
チェックのパジャマにざっくり編みのカーディガンがとても良くお似合い。

この後、世釣は1人で夜更けの公園に行って、曼楨の落とした手袋を探すのです。
そしてそのシーンの続き。世釣が手袋を発見し、にっこりと微笑む場面…が、この映画全編のラストシーン。ううっ。
この終わり方はね~~もー、クるよ。号泣。

ということで、やっぱアン・ホイはスゴイ!という名作でした。