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「セデック・バレ」その3〜すべては信仰ゆえに


続きです。
この作品では、セデックの世界観や独特の信仰の形を知ることができます。
ここまで詳細にセデックを描いたものはいまだかつて存在しないでしょう。
セデックの行動の中に「武士道」に通じるものがあったとしても、彼らには当然ですが独特の信仰、世界観というものがあります。
「武士道」っぽい、とか、「虹の橋」って「靖国」に似てない?とか…要するに前項で私が書いているような、「こちら側からでも理解できる」ものに当てはめて彼らの思惑を想像するのは簡単ですが、それでは判断を誤ることにもつながります。
彼らの世界観や信仰は、私たちの想像の斜め上を行く
まるきり違う、想像の及ばぬものです。
世界は、もっともっと広く、深く、不可解で、謎めいているのです。

この作品を観た後には、「どうしてモーナは軍人ではなく子どもを襲ったのか?それは卑怯なのでは?」なんて言ってた私は、自分自身の世界観からただの一歩も外に出ていなかったことに気づかされました。
目からウロコが落ちましたよ!
そこに気づいたとき、この映画も、そして霧社事件という史実から受ける印象も、私の中でガラッと変わりました。
見えなかったものが見え、聞こえなかった声が聞こえたような思いがしました。


彼らの全ての行動の根幹には、部族の「掟(ガヤ)」というものが存在しています。
「男たちは、狩り場を守らなければならない」そして「狩り場に他の者が侵入したら、その首を獲れ」というものです。
彼らにとっては何よりも大事な先祖代々伝わる祖霊信仰です。
敵の首を狩ることは、戦いでもあるけれど、それ以上に、彼らの信仰でもある。
狩り場に侵入する敵の首を刎ねることで、男たちは一人前になれる。勇者の証の刺青も入れてもらえる。死後に虹の橋を渡って祖先の国に辿り着くことができる。
狩場を日本人に奪われたまま服従を強いられ、日本人の首を刎ねる機会も持てずにいる若者たちは、いずれ死んでも虹の橋を渡れない…と、彼らは考えます。
それではあまりに若者たちが気の毒だ、と。
先に滅亡しかない道を選んだのは、この地でセデックの男として生きられないなら、皆で虹の橋を渡り、新たな地(死後の世界ですが)でセデックの男として生きよう、ってことなのです。
理解しがたいけれども、そういうことです。
ただ、彼らはそういう部族だった。…ということを「理解」するのみです。


セデックの者たちにとって、命というものは連綿と続いてゆくもの…という死生観があるのだそうです。
命を落としても、次のステージに行くだけ、みたいな。
狩猟民族にはよくある感覚らしいです(そうでないと動物を殺せなくなりますからね)。
死を恐れないのは、そういう死生観があるからでしょう。
だから、殺すのも殺されるのも、すごくあっさりと軽い。ハードルが低い、というか。
躊躇なく他者を殺すし、自分も死を恐れない。
迷惑な話ですが、それが彼らの死生観なのです。
バワンが同級生を殺す前に「向こうで(死んだ後の世界で)真の友達になろう」って言うシーンがあります。
死の恐怖におびえている日本人の子どもにとっては全く理解不能なわけのわからないうわごとのようなものですが、セデックの価値観ではそういうことで、もはや二者の対話はまるで成り立ちません。


彼らのこういった信仰や死生観を目の当たりにして、私は初めて彼らが女子供まで容赦なく殺戮したことを理解することができました。
それはもう、こうして教えてもらわないとまるでわからないものでした。
私の中でいかに「自分の世界の常識」が根強いのかを思い知りました。
あれだけ本を読んでもわからなかったのも、そういうことに加え、たぶんその著者側も「日本の植民地政策」VS「搾取され抑圧された原住民」という構図を、現代的な世界観の中で説明しようとしているからなのでしょう。
そんな目線で眺めても、本質は何も見えてこないのです。
このことがわかったのは私にとって非常に大きな収穫でした。


この映画はセデックの本質がわかりやすく伺えることのできる稀有な作品です。
本当に理解が深まった。
観て良かったです。
等身大のセデックを知ることができたおかげで、私の長年の霧社事件に対する違和感は薄らぎました。
もちろん嫌悪感はいまだに消えていませんが(世界観が違うのですからそれは仕方がない)、彼らの行動の理由が理解できただけでもわだかまりが消えたのです。
あの事件を「仕方なかった」と言った多くの人たちの意見に、今では素直にうなづけるようになりました。
モーナが今でも現地では英雄だということにも納得です。
こうして、やっと私はこの作品を映画というエンターテイメントとして見ることができるようになりました。
エンタメと呼ぶには殺戮シーンはツラすぎますがね…
ということで(やっとここまで来た)。
次回はエンタメとしての楽しい話をします!
続きます。