Freaky Flower

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はじめにキャラありき、か?


昔…といっても、ほんの5〜6年前ですが、ものすごく好きな同人作家さんがいました。
名前は伏せますが(仮にAさんとしておきます)、ポタ(主にロンハー)の二次モノを描いていた人。
なんでこんなに巧い人が、プロではなく同人作家のままでいるのだろう?と不思議なくらい、絵も構成もお上手で、物語を解釈する方向やその感性にも、とても共感していました。Aさんの出していたロンハー同人誌はみんな揃えました。たぶんきっともう入手できないお宝本です。


今、Aさんはプロの漫画家さんになっています。大きな商業誌に連載をもって、立派に活躍してらっしゃる。
彼女がアマチュアだった頃から、あの技術と感性を業界が放っておくわけない、と信じていましたし、「ああ、やっぱりアタシの見る目は確かだったのだな〜」と思って嬉しくなったりもします。
夢がかなってプロ漫画家になった彼女を祝福し、賞賛する気持ちは溢れるほどあるのです。
でも…なんだかとても寂しい。
プロになったことで、もう二度とAさんの描く二次モノを読むことはできなくなりました。
かつてサイトに載せていた二次イラストなども全て撤去されて、なかったことになっています。
それはプロとなった以上当然のことですし、仕方がないとわかっているけれど、やはりどうしょうもなく寂しいのです。


Aさんが商業誌で連載することが決まった時点で、私はこのようなことを予想していたので、彼女のサイトにUPされている二次創作作品を自分のPCに保存しておきました。(案の定、それらはすぐにサイトから撤収されました)
そうしておいてホント良かった。
おかげで今でも私は、Aさんの描いた素晴らしい作品を眺めては心踊らされています。
それは決して公にすることが許されない楽しみとなってしまいましたが。


プロになるのは素晴らしいことですし、それを目標にして頑張っていたのですから、Aさんのファンなら喜んであげなくてはダメだとわかっています。
でも、正直なところ、Aさんがプロになってから商業誌で連載しているオリジナルの作品に、私はまるで魅力を感じないのです。
せっかく大きく羽ばたいたのに、そこに私の好きだったAさんの作風はもはやないのです。
オリジナルを扱う難しさを、彼女の作品を通してひしひしと感じてしまう。


私も、ネットで書いていた小説は二次モノ(というとちょっと違うけれど、完全なオリジナルとはいえない、すでに出来上がっているキャラを用いたもの)でした。
あれらの小説がウケたのは、キャラが魅力的だったから。私は、もともと人気のある人たちを引っ張ってきて”いじった”だけなんですよね。
もともとあるキャラが魅力的なおかげで、いじる私自身がめちゃくちゃ楽しんでいた。だから面白かったのです。
「物語で大切なのはストーリーではなく、キャラだ」というのは私の持論です。これは創作をしていて一番に感じることなのです。
創作者がキャラにずっぽりハマってなかったら、何も面白いものなど書けない。
まったくの自分の創作でイチからキャラを生み出すのは、そういう意味で本当に大変です。
手順的にどうしても”物語のために”キャラを作ろうとするから弱くなるのかな?
そうではなくて、「すっごい魅力的なキャラがいるから、いやおうなしに物語が湧き出る」って方向性が理想なんだけどね…なかなかそうはいかない。
私はあいかわらずチマチマとオリジナルを書いていますが、イマイチ最初のキャラ設定に自信がありません。
自分なりに好きで作り上げているキャラなのですが、先に書いたような理由で、どうにも弱い気がします。
そのキャラの魅力は、自分ではなかなか判断がつかない。思い込みとご都合主義で作り上げているような気がする。自信が持てないまま物語を作るのでノリが悪い。


Aさんの二次創作は、私の場合とは違います。
ポタの世界を写したものですが、その筆致にはAさんだけの解釈の仕方が生きていて、ポタの世界でありながら彼女の中で再構築された独特のものになっていました。それがとても魅力的だったの。
誰でも知っている人の肖像を、違う画家が描くと違う面白さが感じられる…といったようなことと同じ、といったらわかりやすいかな。
AさんにはAさんにしか書けない世界が確かにあった。
裏を返せば、(誰でも手がける)二次モノを描いていたゆえに、私はAさんの稀有な才能に気づくことができたと思うのです。
それでも、私が感じる限りにおいては、Aさんは同人時代の方が勢いがあった。
プロでいる理由ってなんだろう?と思ってしまう。
やっていることは、あまり変わらない筈なのに、なんだかプロでいることはかなりシンドそうな気がする。
同人でいるうちは、それを体験した人なら誰でもがわかるであろうけれど、実に楽しい。好きなことだけやってりゃいいのだし、夢もあるし、お山の大将でもいられる。
それでも同人は真の創作者とは認められない。
プロになりたい、と誰もが思う。創作をしてゆく上で、必ずその境地に至る。
創作が生業になってしまう寂しさから人間は免れえないとしても、だ。
それでもAさんが楽しんで仕事をしているのだったら、とても嬉しいけれど。


Aさんほどの人でもオリジナルにはいろんな試行錯誤がありそうなのですから、私なんぞが苦労するのは当然です。
楽に何かが生み出せるとは思ってませんが、それでも希望はもっていたいなぁと思う昨今です。
得意な”いじり”を活かしてまた再び二次モノにすがるようなこともしたくないですしね(やったら楽しいだろうと思うけど)。
ウンウンうなって、自分なりのものを求めてゆくしかないのでしょう(そんな”ウンウンうなる”ような苦行からはたして楽しげなものが生まれるのかどうか謎だが)。
それでも私は物語を作る興奮を知ってしまっているので、きっと諦めないと思いますけどね!


それにしても、JKローリングさんはどうしてあんなに魅力的なキャラを、しかもたくさんも作ることができたのだろう。
そのことがもうすでに勝ち組、って感じですよ。心の底から羨ましいわ。
それらを動かしたい!という強烈なモチベーションを自力で作り出せたこと自体がね。その愉悦を一度でいいから感じてみたいものです…