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マエストロを探して


図書館で古い音楽雑誌をチェックしてます(汗)。
この作業、キーさんにオチたときもボロジャにオチたときもやったなぁ(遠い目)。
キーさんのときはファイル2冊分もコピーで埋まったんですよ。大人気だったんですよね。
(で、それらの記事をブログに載せたらヲタに荒されてキーさん関連のエントリをごっそりと削除したという嫌な記憶も蘇ります。トラウマでいまだにキーさんの正確な名前を書くことさえできません。ヘンなファンが多い、という印象もぬぐえない(爆))
ボロジャは古い人なので、図書館では保管期限が過ぎたものが多く、神保町の古本屋まで探しに行ったこともありました。
ここにその時の記録が。懐かしい〜)
ドゥダメルがこの二人と違うのは、雑誌のバックナンバーを探ってもほとんど収穫がない、ということです。
意外と語られてないんですよ。扱われていても通り一遍な感じ。
なんだかメディアの扱いが薄い…?
私が探せていないだけだろうか?
かなり盛り上がってるもんだとばっかり思ってたんでちょっと拍子抜けです。
…って、私もつい1ヶ月前までろくすぽ名前も知らなかったんだから、メディアになんやかや言えませんが…
それでも彼らはドゥダメルが「人気も実績もスゴイ指揮者」ってことは百も承知の人たちなわけですよ。
すでに一流オケ総ざらえのありえないくらいの抜擢の連続なんですからして、それはもう客観的にそう判断してしかるべきなわけ。
それでもたいして話題にしてない、ってのは、やっぱあれだな。
日本のクラヲタさんたちの権威主義っていうか、ミーハー嫌いというか、ヨーロッパ偏向とか…そんなもんを若干感じますねぇ。
私はいつもクラシックへのアプローチがミーハー極まりないので、ここんとこの壁はよく見える。
キーさんやボロジャの前にも立ちはだかってましたからね。
キーさんの立ち位置なんて、独特だもん。微妙でありながら厳然と壁がある。悪意さえ感じるほどの。
器楽奏者でさえそうなんですから、指揮者だったらなおのことでしょ。
指揮者好きってのは宗教に近いですからね。それぞれにこだわりがあるし、ずっとフルトヴェングラーカラヤンや朝比奈先生を聴いていたいエバーグリーン愛好家も多いわけで。
ドゥダメルがいくら話題の天才指揮者であっても、ベネズエラ人でしかも若造、という点での壁はかなり高そうだなぁ…という気がします。
歴史のある格調高い庭園に南米産のどぎつい新種の植物持ってこられても…って感じか(それはあくまでもイメージであり、実態は忠実なるクラシックの僕(しもべ)であるのですが)。
私は幸いにして教養ナシのミーハーなので、心おきなくニューカマーに熱狂できますけどね!
ヘーキで「ドゥダメルがイチバン!」とか言っちゃうよw 

シアワセだろ?


そういえば、指揮者にハマったことって今までなかったんですよね私。
マーラーだったらラトル、ベトベンだったらパーヴォ・ヤルヴィ、イタリア・オペラならムーティーとか自分なりになんとなーく「定番」はあるし、国内だったら金聖響がお気に入りだったりするけど、いずれも指揮者本人に惚れこんでるってことではないし、ボロジャの場合は好きなピアニストが指揮に手を染めているので仕方なしに付き合ってただけですから「好きな指揮者」では(断じて←失礼(汗))ないのです。
音楽も指揮者本人もどっちも好きで代わりがいない!って感じたのはこれが初めて。つまり、

ドゥダメルは私が初めて好きになった指揮者なのですよ!

おお。
そう考えると感慨深いことこの上なしです。
心の底から愛しくなって、この花をとことん大切にしなくては、という気持ちになります。
つまりガン聴きしてこの耳にその音を叩き込もう、ってな具合です。
花も知らずば愛でられない。
そこがクラのちょっとした(でも楽しい)ハードルなのです。
目を見張るような鮮やかな色彩を、これからももっともっと見ていたいですからね!


その花の、咲き初めし頃↓↓
可愛すぎです!!!!