「フィラデルフィア」


トムの出演映画の中で私ができれば観たくないと感じている4本の「修行作品(観るのに勇気がいる。気が重い)」に入ってる作品。*1
不治の病でどんどん痩せてゆくトムが痛々しくて直視できない。キツイ・・・
なので、観るのは久しぶりです。これで3回目。ちょっと慣れたかな。
病人とか障碍者の役(翌年のオスカー受賞作「フォレスト・ガンプ」ね)って役者にとっては演じ甲斐あるのかもしれないけれど、観てる側としてはツライものがあります。
世間的評価は高くても、痛々しくてちっとも萌えない。
演技派と呼ばれる人の役者ファンやってるとこのテの修行とは出会っちゃうものなのかもね。
まぁ、トムが全身全霊でこの役を演じているのは明らかなので、グダグダ言わずに受け止めたいのだけど。
この作品でトムはアカデミー主演男優賞を受賞してるのですが、それもなんだかいかにもだなぁって感じだし、ここからトムがちょっとヘンな方向に(社会派優等生みたいなポジションに)いっちゃったのも寂しい。なんというか、私の中ではこの作品がトムの転換点となってます。
フィラデルフィア」以前と以後。
私の好きなトムは基本的に”以前”にいます。いい作品は”以後”にあるのかもしれないし、”以後”の作品ゆえにトム・ハンクスは名優と評されるのだろうけれど。*2


私は性的マイノリティに対する偏見は無いし、ゲイに対する嫌悪もありません。
ただ、病気に関しては・・・よく知らない病気、伝染性の病気に対する恐怖はどうしてもある。
ゆえに、病気に関する情報を正しく世の中に伝えることはとても大切なことです。冷静に、実質的に、病気に対応できるように。対処法がわかり、恐怖が消えれば偏見もはびこらないだろうし。
この作品で訴えたいことはいろいろあるのだろうけれど(ありすぎて混乱状態になっているほどなのだけれど)、まずはエイズという病気に関する啓蒙に一役買った、というところは大きいような気がします。
エイズは握手したくらいでうつる病気ではなく、職場に罹患者がいたからといって周囲の者に健康被害が及ぶ心配などない、ということや、エイズは同性愛者だけの病気ではなく、輸血やアクシデントで誰でも罹りうるものなのだ(明日の患者はあなたかもしれない)ということを、この作品は10歳の子どもでもわかるように教えてくれます。それだけでも存在意義はある。現在では常識だけれど、あの当時はまだそういうの知らない人も多かったでしょうからね。
基本、法廷モノなのでエイズや同性愛というのは一つのファクターに過ぎないとも言えるのだけれど(物語の中心にあるのは「不当解雇をどう証明するか」の裁判そのものなので)、人間の差別の心理の裏側にいろんな想像力あるいは無知、思考停止が潜んでいることを暴き出してゆく中で、やはりこのファクターはインパクトがある。
法廷での尋問・証言という事務的・言語的・劇場的な「とってつけたような」場に、見る見る衰弱してゆく原告が避けがたい現実として存在してることそのものが胸を打つ。
リアルにこれは悲劇なんですよね・・・同じ社会にありながら、理解されることの難しい重い現実と戦う人が大勢いる。
なにせこの映画には53人のゲイがエキストラ出演しているそうなのですが、驚いたことにそのうち43人がこの撮影から1年以内に命を落としているというんですから。
そんな深刻な問題を描いたにしてはよくぞここまで冷静に、時にコミカルさまで出しつつ、一般的なレベルに受け入れられるところまでもっていったな・・・って感じ。その情熱と理念はすごい。


でも、それと映画そのものの出来具合はちょっと離して考えないと、とも思います。
今回気づいたんですが、私がこの映画を好きじゃない理由は、トムが痛々しいからだけではないんですよ。
そもそもこの監督の手法自体が私のシュミじゃないのね。
表情のアップと音楽頼みのシーンが多すぎる。雰囲気で持ってくタイプの作りで、ちょっと能が無い。
名シーンと言われるマリア・カラスのオペラのシーンとかも、映画の演出的には反則技だ。
オペラのアリアの素晴らしさ(&物語性)とトムの熱演で押し切りましたが、言ってみれば「キャビアとトリュフが揃えばそりゃ美味いよ」っていうね。
「冷蔵庫に残った食材でどんだけ美味しいものを作れるか」ってのを試してみるのが監督の心意気なんじゃないのか?と思うわけ。
役者がみんな上手いので、表情アップ(音楽つき)というヘボ演出でも、効果をあげちゃうのがなんとも。監督、かなり役者に助けてもらってるなーって印象。
トムはオスカー獲って当然の演技ですが、だからといって作品そのものがいいわけではない。監督の力量とは関係ない。
オープニングとエンディングの冗長な映像も、勘弁してくれよレベル。
脚本がいいのでかろうじて救われているけれど、映像センスが総じてダサい。やっぱりあらゆる意味でこの作品は修行かも。


トムは最初、デンゼルが演じた弁護士の方をやるつもりでこの話を受けたそうです。(監督は主人公をダニエル・ディ・ルイスにオファーしたとのこと)
その方が私の愛するトムの魅力が駄々漏れだっただろうなーと思うと惜しくもあるね。
スーツ姿も凛々しくトークが冴えてるイケイケ弁護士ですよ。最初は嫌悪していたエイズ患者の原告にシンパシーを感じ、世の中の複雑な感情に向き合い、不正と戦ってゆくヒューマニティ溢れる正義の味方。ディス・イズ・トム・ハンクスじゃんよ。
トムはそれをきっとものすごく華やかに演じたことでしょう。観たかったー。


予告編



いまさら感満載ですがどうせなので、カテゴリ作りました。

*1:ちなみに他3作品は「フォレスト・ガンプ」「グリーン・マイル」「プライベート・ライアン」。言わずもがな、という感じか。

*2:余談ですけど、これと同じような感覚、トニー・レオンにもあるんですよ、私。「ブエノスアイレス」以前と以後。あの作品が分水嶺になっている。