テミルカーノフの「バビ・ヤール」、そして絶佳なるレーピン(2)

昨日の続きです。


休憩を挟んでいよいよ第2部の「バビ・ヤール」。
ずらっと並んだ東京オペラシンガーズの男ばかりの合唱隊の皆さんも加わり、ステージ上はさらに窮屈に。
ヴァイオリンの弓がアップすると隣の人の頭に刺さりそうです。狭っっ。


テミルカーノフと共に、バリトン独唱のセルゲイ・レイフェルクスが登場。
思っていたより小柄で、ぱっと見、トシがいってます。
ビールっ腹の赤ら顔中年大男ロシア風…みたいなのが出てくると思ったので、ちょっと拍子抜け。
レイフェルクスはその体躯から予測できたように、やはりパンチ不足の気がしましたが、歌唱はハッキリとしていましたし、暗い雰囲気が出てて、なかなかよかったんじゃないでしょうか。
合唱の皆さんには圧倒されました。すごい迫力。声もキレが良くてステキ。
オケの編成は大所帯なので、音が厚くて、単純な私はそれだけでもう感激でした。
いろんな楽器があるので、面白かったです。
数学の授業中に黒板に線を描くので使うデカイ定規みたいな楽器は、何?名称さえ知りません。
真剣な顔してそれをパシッパシッと打ち合わせている姿は、油断すると吹き出しそうでした。
CD聴いてるだけでは、あの楽器を想像もしなかったなぁ。
タンバリンの猛打も、見ようによっては祭りですよ。なんにせよ打楽器盛りだくさんで豪華ですね。


1楽章の「バビ・ヤール」は、重々しいという感じはあまりしなくて、どっちかっていうと軽快、明瞭という感じでした。
感情過多でなく淡々と進んでいくような。
来日前のインタビューでテミルカーノフが「純粋音楽としてのショスタコーヴィチ」ということを言っておりましたが、あえて詩世界の再現を重視したオドロオドロしいアプローチから離れることで、音楽的な美観重視に拠った結果なのかな?とも思いました。
それにしても、偶然ですが、テンポも歌いまわしも、私の好みのど真ん中でしたので、とても嬉しかったのです。
おかげですっかり安堵して曲の世界にずずーーっと入り込むことができました。


問題は2楽章です。なぜならここが私は一番好きだからこだわりが強いのダ(笑)。
ここはテンポが命。好みとズレると、最後まで聴く気力が湧かない場合もあるから重要です。
テミルカーノフ、どう来るか?と、期待半分不安半分でおりましたら、なんと!超高速テンポ設定の爆演でした!
思わず「ひぃぃ〜〜〜っ」と、口の中で声にならない声を上げてしまったよ。
なんかもう、サーカスか?!みたいなノリでしたからね。
私はこの楽章をモッサリ演られるのがイヤで、さくさくピッチを上げてくれる演奏が好きなんですが、それにしてもこれは速いっっ!!あまりにも!
そりゃもう、まるで聴いたことのない速さでした。
でも、最高!素晴らしかったのです。
こんなスチャラカ演奏でも、この部分はスケルツォですから、却って曲想が浮きあがるようでした。
この2楽章のおかげで、その後の第3楽章「商店で」、第4楽章「恐怖」のアダージョ〜ラルゴと聴いているうちに、今まで思いもしなかった雰囲気がこの交響曲全体にまとわり付いているのを、ふと、感じました。
それは、この曲全体が諧謔(ユーモア)なんじゃないだろうか?という感覚です。
深刻極まりない1楽章があるので、この曲のトーンは何かすごく深い怒りのようなものを感じる向きもあると思いますが、それだけの作品をショスさんが果たして書くだろうか?
そんな直球ストレートな活動家みたいなこと、するわけないんでは?という気がするのです。
でも、1楽章を告発というより皮肉、怒りより諦観だろうと考えると、2楽章のスケルツォにも無理なく入れるような気がするし、なんだか全体のトーンも方向性が変わって聴こえてきます。
「出世」での一節、「彼は地球が回るのだと知っていた。けれど彼には家族がいたのだ!」の部分なんかは完全に自嘲とも弁明ともとれますし、そういうのをわかっててあえてそれを廻してるような気がするんですよね。
だって、そもそもこのエフトゥシェンコが書いた詩、たいしていい詩だとは思えないんです(爆)。
詩にインスパイアされた、ってのはウソ臭い。
でも、この詩(当時の「雪解け」の時流に乗った若い人の直截な詩)を使って諧謔を歌うことで、当時のソ連という存在そのものを強烈に皮肉ることができると踏んだ、ということだったら、なんだかわかるような気がするんですよ。ショスさんはそういう、なんというか…巧みなところがある人だと思うので。
ま、アタシの勝手な妄想ですけど。


あ、それとね。この歌詞の日本語字幕ってのが出たんですけど…
あの対訳はひどすぎます!なんだあれ?
誤訳、意味不明、テキトーの連続。日本語も怪しいし詩心はゼロ。
日本語になっているかどうかは日本人がチェックしたら一目瞭然でしょう?しっかりしてくださいよ。
ポケットに餃子ってな邦訳は不自然だよ?ポケットには入れませんよ普通、餃子は。べたつきます。
いろんな対訳もほとんど「餃子」だけど。中には「冷凍餃子」って訳してるのもある。溶けるだろ。わけわからん。
某「餃子の街」からやってきている私の脳裏に浮かぶのはリアルな餃子ですよ。そんでもってついでに駅前の餃子像。大きくソ連の風景からは離れてゆくよ。言葉の喚起力ってのは凄まじいんですからして。


最終楽章は透明感のある、気を遣った演奏で、きれいに締めくくられました。
最後の鐘の音がすーっと高みに消えてゆくのを、観客も息をつめて見守るようでした。
フライング拍手氏がいなくてよかったです。
ちなみにアンコールは無し。この曲聴いた後で何かアンコールあっても戸惑いますよね。


ここからは私的なことです。
コンサートの感想、とはちょっと違うんですが。


帰り道、V協3楽章のメロディを口ずさみながら見上げた夜空に、オリオンが瞬いていました。
遠いオリオンをたどりながら風に吹かれて冬枯れの街路をトボトボと歩いていたら、なんだか胸が詰まり、はらはらと涙が出てきました。
なんというか…ふいに、「私はこのままじゃダメだ」という気持ちがふつふつと。
私も自分のことをしなくては、と。しっかりしろよ、と。


反応するところは微妙に違うかもしれませんが、ショスさんの音楽が「芸術のための芸術」ではなく「人生のための芸術」であることは、たぶん疑いようがなく、それゆえに、雪解け時にはその頃の人々の心をとらえ、現代においては、私のような不甲斐ない人間の心を捉えるのでしょう。
つまり、ショスさんは、音楽を通して私の背中を押してくれているのです。
そこにある音は、ただ流れてゆく音ではなく、消費して終わりの音ではなく、享受するばかりの娯楽ではなく、聞き逃せないショスさんの言葉、です。


音楽を聴いて、本を読んで、映画を見て…そうやって娯楽を享受して享受して享受して…その先にいったい何があるんだろうか?
私の人生は、他人の作ったもので日々埋もれてゆくのか?
喜びとは、そんなものか?
こんなことはしょっちゅう思っていることで、それでも低きに流れる惰性はもう自分でも呆れるくらいなもんなのですが、この時はホントに
いつまでもこんなじゃダメだと焦りました。情けなく思えてきた。


まぁ、そういうわけで(どういうわけかよくわかんないでしょうが)
しばらく東京までコンサートを聴きに行くのはやめようと思います。
たぶん…3月まで。
少し自分のことを見つめなおす余裕がほしいのです。
なので、1月2月のボロージャ定期及びキムさんの演奏会も全部パスすることにしました。
3月にはダスビダーニャ*1のチケットを取ってあるので、今度東京に行くのは、その時だと思います。
それまでに、もうちょっと煩悶少なくショスさんの曲を聴けるように、自己確立に励もうと思います。
なんてね。例に漏れず繰り言で終わりそうで書いててコワイわ(哀)。

*1:日本のショスタコ専門オケストラ。ショスマニアの巣窟、らしい。もちろん私は今度が初めて。びくびく。でも、わくわく。