「男はつらいよ お帰り寅さん」

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私は昔から寅さんのファンで、中学生くらいからは毎年盆と正月に(途中からは正月だけになりましたが)劇場で寅さんを見るのが恒例行事でありました。
25作のハイビスカスの恋あたりからですかね、劇場で見たのは。
自分の実人生に起こった様々な事柄と、寅さんの映画とはどこか繋がってて、このマドンナの時はこういうことがあった、的な感じで思い出したりします。

そんな寅さんが久しぶりに帰ってくる!というので、この作品の企画が発表された時から、ずーーっと首を長くして公開の日を待ち望んでいました。
大好きな映画の公開を待てる幸せ、というのを久しぶりに味わいました。もうそれだけでも感謝感激です。
で、昨年末、公開当日に観に行きました。
見る前にパンフレットを買って、表紙を撫でながら、中身は見ない。あとのお楽しみ。…でも、ちょっとだけ、1ページだけ見ちゃおうか、とチロッとめくる。いやいや、後で!とまた閉じる。…そんなどうでもいいことも嬉しくってたまんない。
会場が暗くなり、たくさんの予告編の後、静かになり、松竹の富士山登場。
おお!これよこれ!
気分が最高に盛り上がったところに…桑田佳祐の歌声が。
事前情報として桑田が主題歌を歌うのは知ってたし、それを微笑ましくも思っていました。お祭りみたいに盛り上げてくれるのね、って感じで。
でもね、これ、違ったなぁ。
ここは渥美さんの歌声でなければダメだった。
ホントに、予想外だったんだけど、全くダメだった。気持ちがついて行かないという意味で。
桑田の朗々とした歌声を聴きながら、急に寂しくなってしまった。
これは、私の好きだった寅さんじゃない、という気がした。
歌だけなのに。それだけなのに。人間の心というのはヤワいもんだね。

物語は満男と泉ちゃんが中心。
この二人の恋模様は大好きで、ずっと応援してたから寅さんの代わりに満男が主人公でも全然オッケー。立派に寅さん映画だと思えます。
満男の人生、さくらと博の人生、いろいろあったろうけれど、まだあの柴又の家で日常が営まれていてホッとする。あけみちゃんも元気だった。リリーさんも生き生きとしていた。泉ちゃんは凛とした美しい女性になっていて、泉ちゃんのお母さんは相変わらず寂しい人で。
みんながバタバタしているところから遠く離れて、そこにはいないけど、寅さんもどこかで元気にしてる気がした。

皆、ちゃんとあの世界の中で今日の日まで生きていた。
柴又の家の中で交わされる何気ない言葉や相変わらずのすったもんだに、積み重ねてきた日常が見えてくる。
さくらさんが孫のユリちゃんをお布団の中で抱きしめる描写とかね。ものすごく胸にきた。愛おしかった。おばあちゃん、亡くなったお母さんの分までこの子を溺愛してきたんだろうなぁ、って、鼻の先がキュッとなった。
スマホを繰るさくらさんってのもよかった。ユリちゃんの世代と近いんだな、って。密なコミュニケーションを積んでいる日常が見える。何気ない描写に日頃の生活がちゃんと映しだされてゆくのが山田監督の素晴らしいところ。
泉ちゃんは年を重ねても優しくてピュアなままだった。
相変わらず柴又の家にいるときの楽しそうな様子にキュンとする。
家庭が無くて寂しい思いをしている泉ちゃんにとって、柴又での団欒は本当に嬉しいのだろうな。
ゴクミはやっぱりいいなぁ。美人なのに、ちょっと影があって、不器用そうで、真面目で、純粋で。泉ちゃんはゴクミ以外には考えられない。
満男とどうにかまとまってくれないだろうか、と思ったけどやっぱりそれは無理だったか。
ま、満男じゃ無理だろ。というオチはやっぱり必要だよね、寅さんだもん。

今までの集大成+後日談として、駆け足ながらも楽しめた作品でした。
でも、どうしても…「昭和は遠くになりにけり」、ってのを感じました。
寅さんも寅さんが生きてた時代も、もはやうんと遠くに行ってしまったことに気づかされた。
私も遠くに来てしまった。光男と同年代だもん。もはやあの頃の「若者」ではない。
おいちゃんがいておばちゃんがいた頃の、あの懐かしい匂いはもう私の周りから消えてしまった。
でも私はこれからもずっと、寅さんのいた日々を忘れない。寅さんのいたあの頃の日本を忘れない。
スマホもネットもDVDも、ビデオテープさえなかった時代。映画館まで会いに行かなければ聞くことができなかった寅さんの語り口調や行ったことの無い日本各地の風景に、どれほど自由を感じたか、どれほど胸躍ったか。
情報の少ない、東京志向の残ったあの時代だから感じることができたトキメキでした。
寅さんは私にとっては「東京の人」で、それがまた地方出身者には特別な意味があるのです。
どうでもいいけど私は生まれ変わったら柴又にある「川千家」の子だったらいいなぁと若い頃ずっと思ってたんですよ。この映画の世界の片隅に、東京の片隅に、最初から根を下ろしていて、地方からくる人たちに「困ったらここに訪ねておいで」と言えたらいいなと憧れてた。寅さんみたいにね。
東京に基盤のある人の余裕のようなものを私は寅さんに感じてた。たぶんそれは想像するより奥深い憧れのようなもので…だからたぶん、寅さんの故郷が東京ではなかったら、私はそもそもこのシリーズに魅力を感じていたかどうかもわからないのです。

今は東京という場所自体が、私にとってかつての憧れから離れてしまった。寅さんの世界が昭和のままそこにあるように感じるのも、そういうことなのだろうな。

 

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