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NHKスペシャル「又吉直樹 第二作への苦闘」

Mattan

新作の発売を前に、またマッタンの周りがザワザワし始めました。
私の気持ちもザワザワする。(ミゾミゾする?@カルテット)


「火花」が掲載された時の「文学界」が買えなかったトラウマがあるので、今回はアマゾンで掲載誌を予約したんだけれど、今回も失敗だった気がする。

つまり、書店に大量入荷した「新潮」をしり目に、「こっちで買っときゃよかった」と思ってる自分を今から想像しています。(「火花」の時は逆の判断で、なんと買えない!という想定外の事態に見舞われた。書店を応援しようという気持ちが仇に…)
発売日過ぎても私の元には届いていないという予感。

運送業界が今、ものすごくタイヘンなことになっているので(ヒトゴトとは思えない)、即日配達の申し込みもしていない。

遅れてもかまわないんですよ。手に入れられない、という事態だけは今回はないのだから、とりあえず安心していいはずなんだけど…夢の中に書店で山積みになった「新潮」が出てくる。
あそこで買えばよかった。そうすりゃ宅配の手を煩わせることもなかった。あそこで買えば売れ残り感を少しでも減らせたのに…と夢の中で私は思う。
とにかく、また己の判断ミスで置いてけぼりをくらった感があります。
いつでも私は、勝手に置いてけぼりをくらう。

 

表題のNHKスペシャルを見ました。楽しみにしてた番組。
NHKさんは相変わらずマッタンが大好きで、マッタンが芥川賞をもらう前から贔屓にしてくれていて、いつも嬉しく思っています。
執筆が佳境に入ったマッタンに密着してその日々を追う、というドキュメンタリー。
マッタンは相変わらず孤高で、真摯で、ものすごっっくカッコ良かった。

ものすごっっく安心した。

マッタンがいてくれる、その絶大なる安堵の中にずっと浸っていたいと思いましたよ。
普段見られない表情なんかもたくさん見られて、ファンとしては嬉しかったし、製作者のマッタンへの愛情や興味、応援の目線、作品を売ろうという姿勢も感じられました。

けれども、だ。
この番組の構成はクソみたいだった。
ドキュメンタリーの途中、しばしば新作のフレーズが挿入されるんですよ。
油断してたら冒頭の文章、まるっと聞いて(&字幕を読んで)しまったよ。
唖然呆然。マジか。


いらんことすんなや!!


もしかしてこの番組作ったヒトって読書しないヒト??
バカなのか?
ドS野郎か?
大好きな作家の新作が出るという時にさ、自分、まだ一行も読んでないっつーのに、ちょこまか抜粋された文章を目にしたいか?
しかもその抜粋は番組を作ってる人間のフィルターにかかった文章だ。
知らない誰かさんが独善的に選んだ抜粋だよ。
そんなもん聞きたくないっつーの。
以降、番組中ちょいちょい入る朗読が聞こえないように、朗読シーンになると、お嬢(同じく、一緒に番組見ててこの構成に腹立ててた)と、ガーーーッと大声でしゃべり倒していました。朗読が聞こえないように(マッタンのインタビューと交互に出てくるからいちいち音声オフにできない!拷問)。
それでもいくつかの文章は目に耳に飛び込んできた。そして心にイメージを残していった。
被害甚大でしたよー(;´д`)ーーもーー。
文章は、たった一行でもイメージを与えてしまうんですよ。
そして一度生じたイメージはもうなくならない。世界が生まれてしまう。生まれたものは存在してしまう。
楽しみにしていた作品は、できるだけまっさらな状態で向かい合いたいのに。
どんなストーリーか、ってこと(あらすじ)を聞かされるよりも、私の場合は文章の抜粋のが遥かにキツイです。
ストーリーだって知りたくない人は知りたくないでしょうが、私はそこはわりと平気なんです。でも、文章はダメ。その表現そのものが作家そのものなんだもん。マッタンの場合は私は常に「そこ」を見ているので。
そうでない作家ももちろんいますよ。たとえばミステリの場合は当然ながらネタバレがNGなわけでしょ。そこが大事なんだから。そういうことですよ。
制作側は、とくにマッタンのファンを対象に番組を作っていないんでしょうね。フラットな人たちを対象に、「これ、おもしろそうでしょ」「おススメですよ」のノリ。だからパッケージの中をチラ見せして興味をそそる。
わかってます。お商売の基本でしょうよ。でも私はイヤだった。番組全体が嫌だったわけではないので、複雑な気分です。ありがたくも憎たらしく嬉しいけれど腹立たしい番組でありました。

 

マッタンが作品を書くと、また業界のいろんな人がピラニアみたいにマッタンに容赦なく吸い付いていくのを見ることになるのだろうなぁ…とちょっと萎えるような気持ちになるります。こういう不本意なことにも遭遇する機会が多くなる。
マッタンはまたその戦いに挑もうとしてる。怒涛のような狂乱に身を投じるにはさらに覚悟がいるだろうに(2作目はさらにいろいろ言われると思うし)。
本人が頑張ってるのに、ファンがグチグチ言ってちゃしょうもないね。ちゃんと見届けなくては。


新作発売から間もなく、ベーちゃんのアメリカ武者修行も始まります。
これも、マッタンのことを考えての行動だと思ってる。ベーちゃんはそう思われるのすごくイヤだろうけどね。

「綾部がアメリカ行ったって成功するわけねぇじゃんw」とかそこらのバカに言われてるの見ると、胸が痛い。ベーちゃんはバカキャラのままでイイんだろうけどさ。ピースはお笑い芸人なんだから。でも、ベーちゃんのやってることは、実質的にマッタンの一番欲しいもの(=時間)をあげられる。それができるのは自分だけなんだと、ベーちゃんは知っている。
NHK特集見てて一番感じたのが、マッタンの時間の無さだった。圧倒的に時間がない。
ピースの活動が無ければ、マッタンの時間は作れる。でも、マッタンは作家である前に芸人でありたい人だから、ピースがある限り絶対にピースを優先させる。

頑固だし、そこは絶対だ。だからおのずと答えは出る。

「しょうがねぇなぁ!」と言いながら自己犠牲を厭わない男爵(@「バケモノと男爵」というネタ)がふっと脳裏に浮かぶ。ピースらしいコンビ愛です。
ベーちゃんの気持ちがあるから、マッタンも今年は執筆活動、かなり頑張るのではないかな。

 

そうそう。以前ネットフリックスでやってたドラマ「火花」が先週からNHKで放送されてます。
すでにネットで見てたお嬢が、「今まで見たドラマの中で一番好き」と言ってたやつ。猛烈おススメされて、見ています。
映画みたいな質感のドラマです。
主演の林遣都くんがまんまマッタンなのでビックリ。原作で読むよりも、マッタンそのものという感じがするので新鮮です(原作では主人公=マッタンという意識は無く読んだので)
映像で見ると、いろんな場面にグッとくる。
この感覚は小説読むのとはまるで違うもので、ストーリーは原作そのままなのに、全然別の表現を見ている気がします。(だから大事なのはストーリーではなくて表現だとしみじみ…)
小さなアパートで聞こえる街の音、深夜一人で歩く公園、朝焼けの空、明かりの下で開くノートの無限の可能性……若い頃の、お金はないけど夢ばかりがあった日々を否応なく思い出してジーンとしてしまいました。

映像のインパクトはダイレクトに感情を揺さぶってくる。ぶわっと当時の空気感の中に放り込まれるというか。
こういう日々を暮らした若者が、数えきれないくらいいる。

私もその一人だった。私もかつてあの場所にいた。
可能性を夢みて暮らすほとんどの若者が、少しずつそこから遠ざかりながら大人になる。この物語の主人公もそう。

でも、マッタンは違う。違うからこその視点が、基軸にある。だからマッタンの書く文章は胸にクるのかもしれません。「冷たい水の中をふるえながらのぼって」(@中島みゆき)いく、その姿にかつての自分を重ねているのかもしれない。

 

マッタンの執筆風景。

この髪型にしてる時のマッタンが一番カッコイイ(私も真似してこの髪型をよくしていますw)

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