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すべての感情をてなずけて


私は時々、自分のことをとんでもなくスゴイ、とホレボレしてしまう時がある。
何がスゴイかというと、試練に直面したり、失敗に打ちのめされて絶望や葛藤を抱えていても、シレッとした顔をして、しかも壊滅的な自分のダメさ加減を認めつつ、「こんなのはどうってことない」「アタシは全然大丈夫」と思うことができる…というところが。


この耐性の能力というか、やせ我慢力というか、あるいは鈍感力か、超級ポジティブなところ……を、自分自身でめちゃくちゃスゴイと感じるのです。
たぶんその強さは破格で、傑出しているに違いないよ。
「アンタはノー天気だから」とよく言われるけれど、そうじゃない。私だって内心はものすごくナーバスになってるんだけど、それを気力で乗りきってるってことを言いたいわけだ。
私は「恨む」「妬む」「後悔する」「罰する」という感情が大嫌いで、ものすごくカッコ悪いと思っているので、そういったマイナスの感情に触れそうになると、「そうはなりたくない!」という強烈なブレーキがかかるのです。たぶん。
自分はダメ人間でもいい(しょうがない)んだけど、(自意識比の上で)カッコ悪い人間には絶対になりたくない。
なので、他者を、あるいは世界を、自分の対角線上に置いて比較してモノを考えるということよりも先に、真っ先に自分の内側の「美意識」みたいなものを守ろうとするのです。
その結果、やせ我慢にいきつく、と。


つい最近も自分の大失敗でパニックに陥りそうになる出来事があったのですが、やっぱりものすごいパワーの耐性が発揮されて、心折れることなく持ち直すことができました。
さすがに体まではダマせなくて、食事は喉を通らないし夜は眠れないしというのが2日ばかり続きましたが、気持ちはへこたれなかった。自分の果てしないナルシストぶりをあらためて感じましたよ。
「武士は食わねど高楊枝」的なカッコつけることで、かろうじてくじけずにいられる。
己の無能を痛いほど感じながら、絶望をスルーして何食わぬ顔をしていられるやせ我慢ぶり。
もうね、こういった意識さえあれば、私はきっと何度でも立ち上がれるような気がします。
人間万事塞翁が馬
なんにでもヒントと学びはある。失敗は成功の母だ。
大きな理想を掲げて、ひるまず進もう!


表題はエレカシの「何度でも立ち上がれ」から。
なんだろう、エレカシって。いつもど真ん中だ。奇跡かと思うわ。