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「ヌメロ東京」のインタビュー

ミヤジのインタビューが「ヌメロ東京」に載っています。
これ、写真の静かな雰囲気と相まって、なんだか胸にジーンとくるようなインタビューでした。

numero.jp


今までミヤジの中になかったワード「ファッション」。
若い時から、大の男が着るモンなんかにこだわるもんじゃない、みたいな硬派な気持ちがずっとどこかにあったんだと思うし、その感覚をベースに「ファッションにこだわる前にやることがあるとどうしても思ってしまう」という境地で徹底して白と黒の服だけでやって来たのだと想像していますが、50になって思考の変化があったんでしょうね。
服を買うようになった(しかもその行為が好きになった)と最近はよく言っていて、今回もそのことについて語っています。


「先日、選挙の期日前投票に帽子を被って行ったら、近所の10分ほどの道のりをまるでリゾート地のような気分で歩くことができたんです」

 


「みなさん紺色の服なんて普通だと思うかもしれないけれど、僕は紺色の服さえ持っていなかった」

 


ユニクロで僕は白や黒ではなく、カーキ色のシャツや水色のズボンを買いました。涙が出るほど嬉しかった。黒じゃない服を、自分で選んで買っているんだということに感動しました。それで、洋服とは自由を買うことなんだと勉強しましたね」

 


ちょっと泣ける。
なんだろう、このまっさらで柔らかな感性は。
どこかの仙境から俗社会に降りてきたヒトのようではないですか。
何かに似ている……と、考えて、そうだこれ、純文学じゃん。と、思いました。
マッタンと千鳥の大悟の会話に、


大悟「これって純文学か?」
マッタン「そうです。純文学です。」


ってやつがあるんだけど、そんな感じがフッとよぎった。
「これ」にはいろんなものが入ります。何気ない会話とか、その時目にしたものとか、状況とか。
要するに、この世界には純文学的なものがいろいろとあるのだけれど、それは見る人によってそう判断されるのです。
判断されるから、実在する。思う故に在る、のです。
私ね、ミヤジを見ているとその存在そのものを「純文学だ」って思うんですよ。
ミュージシャンだし、創作をするヒトなんだけれど、醸し出す空気がなんだか(音楽的であるというよりも)文学的に感じる。そしてそこがとても好きなところでもあるのです。
帽子のくだりは実に象徴的でした。
帽子をかぶった宮本くん、想像できます?!
今度は芥川のような「麦わら帽子」に挑戦したいと言ってるよ……
うわードキドキする!!(いろんな意味で←怖いもの見たさ、みたいなw)