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私が私であることを支える感性


連続更新挑戦すると決めた時、チチカカさんからいただいた「お題」。
最後に一つだけ残っているものがあるので、それを考えてみようと思います。


自分の感性で最も信頼していることを教えてください。


これ、一番難しいお題でした。
「自信があること」というとらえ方でいいのか、それとも「自分の支えとなっているもの」というとらえ方をすればいいのか。
いずれにしろ、普段考えたことがないものだったので、自分のどこをどう評価していいのかに戸惑いました。
自分がダメなところ、ってのはすぐわかるんですよ。普段からそんなことばかり考えてますから。
でも、自分への「信頼」となると、とたんに自信がなくなる。
なにせ私は他人も信用していないけれど、自分なんかもっと信用してないですから。
「私にはこれがある」的な(しかも自分の内面に関して)ものなんて、なかなか見つからないのです。
見つからないながらも、これかな…と心当たるものを思いついたので、それを書いてみます。


感性、ってのとはちょっと違うと思うんだけれど、自分で自分を俯瞰する感覚、「メタ認知」といったところのようなものですが、そこに関しては自分的にはかなり能力が高いのではないかと思ってます。
そして、そこに基づいた「妄想力」も高い。
わかりやすく言うと…
例えば何か失敗をしたとします。
私の「メタ認知能力」では、なぜそれが失敗したのかをきちんと把握できる。論理的に納得できるのです。(失敗の理由を把握し納得できるだけなので、次は成功するかどうかは関係がない。成功させる能力とそれとは別物なので)
そしてその上で、「失敗した私」という役割を、(妄想力を生かして)物語の中に組み込んで自分に心地いい認識として上書きすることもできるのです。
要するにノー天気なコメディ映画のように、「そんなことも人生のエッセンス」的に、”プラス処理”してしまう。
だから「傷つく」ということが私にはほとんどありません(自分をダメだと思っちゃうのは傷ついてるのとは全然違います)。
そういった感覚の動きは、ほぼ無意識に発動されます。
自己防衛本能としての自分を守る機能の一つとして、私に組み込まれているのかもしれません。


思えば私は、日常の些事に振り回されて、それが世界の全てだなどと思ったことはただの一度もないのです。
私の強みは、心の中にいつも「別の世界」が幾つも存在しているところです。
私はどこにだって行ける。
どんなところにいても心は自由でいられる…なぜなら私はブレない妄想力があるからです。
もちろん、メタ認知があるおかげで、妄想が現実とごっちゃになることもありません。
それはそれ、これはこれ、としたうえで、この「妄想」は私にとっては立派に「現実」であることもまた事実なのです。
この自分の独特な心の動き、感情の処理能力のようなものは、揺るぎない私自身、いわば「現実」を作り出しているのだから。