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ハンドメイド・クリスマスグリーティング

diary


ウチはハタチを過ぎた子のところにサンタさんは来ないのです。
お嬢が昨年ハタチになり、サンタがこなくなって寂しいだろうと、私の両親が(つまりお嬢のジジババが)、手作りの額装刺繍を贈ってくるようになりました。
クリスマスカード代わりのグリーティングだそうです。
左側が去年の、右が今年の作品です。



母が刺繍を作り、父が額縁を作っています。
刺繍のデザインは図案集からひいたものですが、額縁はオリジナルです。
父は自分の描いた絵にもその作品に合った額縁をいちいち作る凝り性なんですよ。
私の両親は昔からこういうことが好きなヒトたちでした。
母は手芸をし料理をし日本画を描き染色をしピアノを弾き、父は絵(油絵と水彩)を描き、工芸品(木工、陶芸)を作り、大工仕事をし(棚や椅子から小さな家まで!)、庭を作ります。
クリエイティブであること、がウチでは大きな価値観の一つでした。
だからまぁ、私も芸大目指してた(そして落ちた)わけです。
芸術家になることが一番”カッコいい”と思ってたんですよね。
弟は美術には興味ないと思っていたのに、先日見たら「アーティスト」という肩書がついてたのでビックリしました。
若手芸術家と一緒になにやら活動をしているのは知ってましたが、自分も絵を描くようになっているとは思いませんでした(本職は社会学者です)。


結局、小さい時から絵を習い、芸大なんか目指してたりした私だけが家族の中で絵を描く才能がなかったというオチです。
学生時代はずっとバンドやってたけれど、音楽も向いてませんでした。
そもそもやってるうちに絵を描くのも音楽も「向いてない」「私のやりたいのってこれじゃない」「違うな」って感じていました。
自分は場違いだな、って。
周りの影響でやってたけど「ホントは私、これ好きではないな」って、途中で気づいちゃってた。
こういう世界って「好きな事を夢中でやってる」人ばかりなので、そうじゃないと浮くんですよ。本気じゃない人はすぐわかります。


結局、小さな頃からずっと私が好きな事は、文を書くこと、物語を想像すること、でした。そこでは「私が私でいられる」という感覚が強くあった。
あとは手芸ね。特に編み物。これはもう無心になれるから好き。
あと、糸をいじってるのがなんというか問答無用に好きなんですよね。本能的に。
そんなわけで、私の得意な「クリエイティブ」は、文章書くことと編み物することだけです。
お料理もお菓子作りしか興味ないし。それも「食べたいから作る」ってだけなので探求心もない。
人生があと100年あったら文芸も手芸も両方思う存分できるのに、時間はとてつもなく足らないので、泣く泣く絞って、今は文章書くことだけに時間割いてる感じです。
やりたい編み物もやらずにこれ一本に集中してるってのに、それでも思うようにできない。もたもたしてて、なかなか形にならないという無能ぶり。
毎日自己嫌悪と迷いばかりです。
結果ばかりを急いていて、最近書くことも楽しくないので、これは根本的に考え方を変えないとまずいな、と思ったりする今日この頃。
そんな時に贈られた、無邪気で楽しそうな両親のコラボ作品に、思いがけずハッとさせられました。
私は何をやっているのだろう、と。
モノづくりを楽しめないということの、自分の中の問題点を指摘されたような気がしました。
その「気づき」は両親からの何よりのクリスマスプレゼントなのかもです。