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「こげ茶色の帽子の少女」


思い出の絵のことを考えていてふと思い出したのですが、以前、地元で開催された「いわさきちひろ展」で、私の文章が展示作品と共に飾られたことがありました。
その時書いたブログがこちら。2008年のことでしたか…自分があまりにも成長していないのに驚きますね(^^; 私はずーーーっとこうして自己反省してるふりの繰り言をつぶやきながら年をとっていくのだろうか。オソロシイな)


その時の作品と文章を、覚え書きとして載せておきます。
いわさきちひろさんの「こげ茶色の帽子の少女」という作品です。



娘が小さかった頃、ちひろさんの描く女の子にとてもよく似ていました。
中でも「こげ茶色の帽子の少女」は、まとっている雰囲気までそっくりで、見るたびに嬉しくなります。
お気に入りの帽子をかぶった時の、喜びがにじみ出たお澄まし顔。
ちょっと緊張しているような可愛らしい足のそろえ方…
小さな女の子のときめく気持ちが優しく描かれていて、胸がふわっと温まります。
いつまでも大好きな一枚です。

いわさきちひろさんはなんと55歳の若さで亡くなっているんですね(肝臓癌だそうです)……早すぎる。愕然としますね。
なんだろう、そういったことを知るに及んで、もうホントに私はオノレを恥じ入るばかりです。
イイトシをしていったい何をやっているのか。
…てなことを言い続ける不毛さもまたひしひしと恥ずかしく。あー。
ミヤジが「(偉人や有名人の)何歳の時に何をしたという年譜を見るのが好き」と言ってましたが、私もそれがすごく好きで…好きだったんだけど、最近はやたら何歳で亡くなったかを気にするようになりました。
これはね、あまり精神衛生上良くないです。
「何歳の時に何をしたか」を知るのは、人生の「途上」を知ることですから、なんらかの励みになりますが、「何歳まで生きたか」はいうなればデッドラインを知ることで、わが身に置き換えると、その年数がどうにもこうにも自分が何かを成し遂げることができるようなものではないように思えてしまって、途端に諦めモードに陥ったりするのです。
諦念を志向する向きにはいいのかもしれませんが、私はまだまだ青いので、それはかなりの逆効果。泣きべそかいて途方に暮れてしまう(そしてその間も時は過ぎゆく)
私自身、あらゆる意味で時間に縛られることなく物事を考えられるようになることが第一なんですよね。
ホント、そう思います。