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限りある日々

diary


先日、私の小中学校と同級生で仲の良かった友人が亡くなりました。
普通に元気だったのに、数日前に風邪をひいて、そのウィルスが心臓に飛んでしまったという急病死でした。
あまりにあっけない逝き方に、ポカンとしてしまいます。
にわかには現実と感じられない。
人は本当に思いもよらないところで、あっけなくこんな風にいなくなってしまうこともあるのだということに途方にくれます。
私たちは皆、風前の灯のようなものなのだね…。
明日何があるかなんて、誰にもわからない。
普通に歩いていると思っていた道をフト見ると、高い渓谷に架かったボロボロのつり橋で、偶然歩けているだけだった、って感じかもしれない。
そんなこと考えてると、怖くて足がすくんでしまう。
生きていくのはむしろ奇跡のように感じる。


すでに来年50になるという歳になって、日々の思いというのは確実に変わってきているのを感じます。
私はかなり若い頃からエイジングコンプレックスがあって、30になる前も40になる前も無様なまでに動揺して「どうしようどうしよう!こんな状態で年とってっちゃうなんて!」って大騒ぎしていたのだけれど、50になる前ではさすがにビビって大騒ぎもできないくらいキツイものを感じてます。
自分が50になるという衝撃(?)が強すぎて、どういう気持ちで立ち向かっていったらいいのかがまったくわからない。今まで以上にノープラン。頭真っ白。


ヒトはいつか必ず死んで、やがて誰の記憶にも残らない年月が積み重なって、風のように消えてゆく。
それを思えば、思い切り好きな事をやって生きたい、と思う。
でも現実はやらなければならないことや、繰り返される日常があり、あたふたしている間に時間が過ぎてしまう。
能力の不足はあるし、体力もどんどんなくなってく(ついでに視力もだ。老眼が酷い)
記憶は若い頃のものなのに、現実は日々老いてゆくばかり。
街角のショーウィンドウに映る自分の姿に愕然とする。もはや夢だの希望だの青臭いことを言っていていい状態ではないその老いかけた姿。
でも、でも、私はまだ何もできてない!どうしよう。
現在、日本人女性の半数が50歳以上だという。
こんな葛藤を抱えながらも、日々何食わぬ顔で生きてる人がそんなにもたくさんいるというのだから奥が深いな……
自分が年をとってゆくことをうまく処理しきれないまま、50代になりたくない。
50になる前に、この一年でどうにか自分の進むべき道を見つけなければ。
限りある時間の中で、私がやりたいこと、できること、やるべきことは何なのだろう?
勉強しないと。
(No.16)