「セデック・バレ」その5〜輝くセデックの末裔たち


続きです。でもって最後です。
この作品はセデック側も日本側も多くの出演者を使っていますが、その大半が演技経験のない素人俳優だそうです。
それを後から知って愕然としました。
あの凄まじい身体能力はいったい?!
山や川を飛び回るあの俊敏さは、どうしたってそこらの凡人ができるレベルのもんじゃないですよ。
原住民役には実際に原住民の演者が担当していたわけですが、その血ってのは今でもその体の中に脈々と生き続けているのかもなぁと思わずにいられません。
とにかくカッコいいです!
やっぱり台湾の原住民はめちゃくちゃカッコいい!とあらためて再確認、って感じでした。


中でもさすがの主役、モーナの青年期を演じた大慶(ダーチン)は、ひときわ輝いてた!
ダーチンはこの映画でデビューしたホヤホヤの新人さんです。
彼自身タイヤル族(セデックもタイヤル族ですから、この映画にはたくさんのタイヤル族の人たちが出演してます)で、山で生活をして、トラックの運転手をやっていたそうです。
オーディションで選ばれてのデビューですが、キャスティングの目はプロの確かさがあるんだなぁーさすがだなぁと感心します。
まさにダーチンはモーナ頭目そのものでした。
凄い目力があって、俊敏に体が動いて、野生の迫力があって、何よりも華がある。
今後、他の役を演じられるのか?ってくらいハマリ役だったけど、新しい作品をいろいろと撮っているようなので大丈夫そうですね。
素顔はちょっとフニャっとしてて、かなりイメージ違うんですがw(きっと役が入るとガラッと変わるタイプ)イケメンさんなのでいずれ日本でも人気が出るんじゃないでしょうか。
そのダーチン、実はこの役を与えられるまで霧社事件のことを全く知らなかったそうです。
本人、タイヤル族なのにですよ!
びっくりしました。
なんというか…のんびりしているというか、実に平和で台湾らしい気がします。
すがすがしいまでの無頓着w


壮年期のモーナを演じた林慶台(リン・チンタイ)もこれが俳優デビュー。
普段は牧師さんをやりながら木彫り彫刻作家もやっているという人です。原住民の解放運動もやっているらしい。かなりの人脈もお持ちのようです。
この人はもう、役を離れても(てか、役を離れた方がむしろ)大人物の貫禄がある。
みたまんま、指導者の器をもともと持っている人ですね。
素顔は牧師さんってこともあって、イメージが内村鑑三っぽいwと、勝手に思いながら見てました。


今後の活躍に期待、っていうと少年戦士バワンを演じた林源傑(リン・ユアンジェ)くんですね。
当時13歳ながらすごい存在感を出してました。
レスリングの選手で全国優勝したこともあるという抜群の運動神経にもホレボレ。
ジョン・ウーも絶賛!だったらしいです。
彼は香港の武侠片なんかにもすごく向いてると思う。
あの運動能力を放っておく手はないでしょう。
てか、年頃になったら絶対ウーさんからお呼びがかかりそう。楽しみです。


私がもともと知っている台湾の俳優は馬志翔マー・ジーシアン)とビビアン・スー田中千絵しかいなかったです。
マー・ジーシアンはセデック族タウツァ出身というから、まさしく事件当事の味方蕃(日本軍の側についてモーナたち反乱軍の鎮圧に働いた)の末裔です。
先祖たちがやったことを自ら演じた、という形ですね。
なんだかすごいなぁ。
霧社事件の味方蕃セデックは後に靖国神社に祀られますが、それは当時の日本人なりの彼らへの礼のつくし方だったのだろうと思います。
靖国は招魂社であり、お墓じゃないんで魂は拘束されやしません。自由にどこへでも飛んで行ける。靖国に名前が刻まれたとて、きっと虹の橋も渡れていることでしょう。
なので、この件で「原住民の魂を返せ」運動をしている方(なぜか外省人のご様子も…)がおられるようですが安心してもらって大丈夫かと思います。


ビビアン・スー田中千絵は、ほんの少ししか出てきませんが、いるのといないのとでは全然違う存在感がありました。
圧倒的に華がある!
ビビアンもタイヤル族です。女性も美人が多い!
田中千絵は「海角7号」のキャピキャピしたダメモデルとは打って変わった大和撫子ぶりでした。よく似合ってた。


日本の俳優で印象的だったのはなんといっても小島巡査役の安藤政信ですね。
いい役です。
史実ではもうちょっと複雑な人なんですが、いいところだけを強調し、疑問視される行動はさらっと字幕解説だけで終わらす、みたいな形で描かれてます(こういうところにもウェイ監督の気遣いが伺える)
以前からよく言われていたけど、安藤政信ってどことなく黄磊(の若くて痩せてた頃!もはや幻想の域ですw)に似ていて、台湾でのウケはいいだろうな、インテリっぽく見られるだろうな、っていうのがわかります。
イメージが役にもマッチして、イイ感じでした。
仕事への取り組み方もすごく真摯で、台湾での評判を上げたようです。
こういう話を聞くと、なんかホッとしますね!
日本人はやっぱり真面目で誠実だ、と評価されるのはすごく嬉しいことですから。
外国から見た大雑把な「日本」というイメージも、結局はこうした個々人の態度一つ一つの集積なのかもしれません。


その他、花岡一郎、二郎の顛末や、映画には描かれなかった第2次霧社事件のことなど、語りたいことは山のようにあるのですが、さすがに疲れたのでこの映画の話はこれでおしまいにします。


歴史というのは、時が経って何度も何度も多くの者たちに語り継がれてくうちに、やがてエンタメとしても楽しめる「物語」に変わってゆくものなのかもしれません。
戦国時代の戦いの数々は今やエンタメだし、三国志に出てくる戦いも、フランス革命も、そこで命を落とした多くの無辜の命を乗り越えて、「物語」が先行するようになっている。
近現代の戦いもいつかはそうなるのかもしれないけれど、とりあえず今の私たちにはまだそれはムリです。
記憶に新しすぎる。悲しみが近すぎる。
でも、ウェイ監督の言うように、歴史の「恨み」を乗り越えることができる道があるとすれば、それはかつてあった史実を忠実に、冷静でフラットな目線のもとに見てゆく姿勢あってこそなのだと思います。
ウェイ監督はこの映画でそれを実際にやってのけてみせました。
方法論もあるでしょうが、なにより彼自身がとても公平で誠実な人だからできたことです。
これは、今までのアジア映画における「日本」の描かれ方で、かつてなかったものです。
一つの高いハードルを越えた感があります。
いい映画でした。
キツイ場面もたくさんあるけど、きっとまたいつか観ると思います。
最後に予告編を。