「トロッコ」


マッタンが最初に文学に目覚めたのは、教科書に載っていた芥川の「トロッコ」を読んだ時なんだそうです。
「トロッコ」ねぇ…
……
……どんな話だっけ?
(汗)

考えても思い出せず、自分がこの作品を読んでいないことに気づきました。
芥川の有名な(文庫本に載ってる)話くらいはひととおり読んでいるつもりでしたが、そこに「トロッコ」は含まれていないのでした。


というわけで、「トロッコ」読みました。


蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)


芥川の少年文学に属する作品なので、すごく短い短編です。
話としては、どうってことない話なんですよね。
もちろん表現が上手いですから、その場の空気や主人公の少年の気持ちなどはものすごい臨場感を伴って立ち現われてくるし、話のテンポも良いのです。
その心地よい勢いに乗って
「ああ、こういう話なのかー。なんだかわかるなぁ」
って思いながら読んでゆく。
でも、最後に突然、打ちのめされることになります。
まるでぼんやりと道を歩いているときに、フッとした拍子に深い淵に出くわしてハッと覚醒するような感じ。
芥川は、この短編の最後の4行に、人生の憂愁をいきなり注ぎ込むのです。
子ども時代に思いがけず得た体感が、大人になって生きる場所が変わっても、焦りのように蘇ってきては不安に陥るという…


この最後の4行は、あどけない「お話」を、人生を見すえる「文学」へと一瞬にして変えるのです。
最後の4行を読んだ後に、もう一度最初に戻って物語を読んでみると、一つ一つの情景もますますくっきりと印象的に感じられます。
「トロッコ」は、「お話」が「文学」になる、その境目の部分を、実にわかりやすく最適な形で提示している名作でした。
まさに文学の入門書です。
教科書に載ってしかるべき作品ですね。
マッタンがこれで文学オチしたというのも、まさに計ったように彼が優等生だということでしょう。
これと「羅生門」を読んで、「芥川をもっと読んでみたい」と思ったっていうのもかなりの優等生だ(汗)。


教科書に載る作品ってのは、その後の読書に影響しますね。
私が教養主義的なものに初めて憧れを持ったのも(それ以降、日本文学を読むようになったのも)高校の教科書に載っていた鴎外の「舞姫」を読んだのがきっかけです。
今でも、冒頭の数行を読んだ時の感動を覚えています。
「石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、 熾熱灯の光の晴れがましきもいたづらなり」……
一気に明治時代の外国の夜の港に連れていかれるような、あのトキメク感じ。
「ニル・アドミラリィ」などという言葉の響きのカッコよさ。
それまで推理小説と大衆小説ばっかり読んでた私が、初めて日本の近代文学ってものを好きになったきっかけでした。
といっても、鴎外と漱石を一通り(文庫で読めるやつ、というほどの意味です)読んで、また元の娯楽系に戻ってしまったのは……まぁ、基本ミステリヲタでしたから仕方ないかな(汗)。


漱石の「三四郎」にはすごくハマったのを覚えています。
友達に「これ、めちゃ面白いから読んでみなよ」と言って、文庫本を(わざわざ買って)あげたりしました。
作品について語り合いたかったんですが、「よくわかんない」と言われて、それきりでしたね。
その友人は私の事を「文字ばっかりの雑誌(それは文芸誌っていうんですよ)なんか読んでるんだもん、変わってるよね」とよく言ってました。
それでも私たちはとても仲が良かったし、私は今でも彼女の事が大好きですから、人が仲良くなるのに趣味とかあんまり関係ないのかもしれません。


高校時代の私は不真面目でチャラい学生でしたが、本だけは他人より読んでる自信がありました。
あと、映画ね。たぶんこれは学校で一番見てた。
だってビデオもない時代、授業サボって映画館に行くようなのって私くらいしかいなかったもんねw
でも、その内容はというと、本も映画もかなり大衆的なものばかりで、およそ教養からは程遠い…というのが、いかにも残念な感じです。
若い時に読むべき名作とか、読んでない。
映画だっていまだに「ベンハー」も「風と共に去りぬ」も見てない。
(寅さんは全作見てるんですけどね…深作欣二とか、五社英雄とかもね。あとアメリカのバカ・コメディ(汗))
アカデミズムに目覚める前に、サブカル的な娯楽に流れてしまったというよくあるパターンです。
そこが私の浅いところというか、自覚があって(コンプレックスもあって)教養主義にヨワイところです。
今からでも遅くない。
読み逃したまま過ぎてしまった名作文学を、ちゃんと読んでみよう、と思う今日この頃です。
この「読んでないってのも恥ずかしい」という感覚が、「面白いからもっと読みたい」になると理想なんですけどね。
とりあえずこの夏は漱石の作品をもう一度読み返してみようと思い、先日ブックオフで100円文庫をまとめ買いしてきました。
「三四郎」、今読んだらどんな感想を持つのだろうなぁ。
青春をはるかに過ぎて、いったい何を思うのか?