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「カミーユ・ピサロと印象派 永遠の近代」

art


宇都宮美術館で開催中の「カミーユ・ピサロと印象派」展に行ってきました。



春めいた穏やかな日。
春の陽射しのようなホワーンとした優しい印象派の作品の数々。
普段、印象派にはさほど食指が動かないんですが(汗)、今回の展覧会はなかなか興味深く観ることができましたよ。展示の仕方のせいかしらん?


ピサロは日本での人気はイマイチのように感じますが、印象派の大御所です。
田舎ののびやかな風景を描いた作品が多く、それがまた彼の作品の中でもひときわ魅力的です。
後に人物や点描なども書いていますが、いずれも初期の農村風景に勝るものはないように感じます。
それにしても印象派の技法というのは、ある種の魔法みたいなものだね。
近寄って細かく見るとまるでぞんざいな筆致でもって、人物なんかただの黒い線だったりするんですよ。
それが一定の距離を置いて眺めると、ちゃんと人間に見える。
3本の大きさの違う線が3人の親子連れに、白い掠れが婦人のドレスに、黒い汚れに丸まった筆の誤りみたいな線が出てるものだって、遠くから見ると自転車に乗った人間に見えるんだから凄い!騙し絵みたいだ。
わかりきってはいることなんだけれど、あらためて感心してしまいました。
人間だって光と影を描くだけで現出する幻(=印象)みたいな存在なのかもしれない。
所詮私もこの世界に差し込んだひとすじの影、か。なんてね。
そう考えると、なんだか哲学的な領域まで突いてるようで面白い。


「エラニーの花咲く梨の木 朝」カミーユピサロ


ピサロ以外に、コロー、シスレークールベ、モネ、ルノワールなどなど(なぜかゴッホまで)…同時代の作品が出展されてます。
中でも私がいいなぁーと思ったのは、ルイ・アイエの描いた「風景」。



ただひたすらにぼんやりとした春の広野。
あっけなくそっけない構図なんだけれど、どこかバランスが良くて。
どこまでも遠くやがては空に溶けていきそうなその茫洋とした風景に、思わず見惚れてしまいました。



美術館の外の広場。
まだ枯れ草色だけれど、少しずつ春の芽吹きが。
つくしんぼうがあちこちに顔を出していましたよ♪