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「芸人交換日記」

stage



待ちに待った舞台です。本日のマチネに行って来ました!
お嬢はあまりの緊張に開演前から頭痛に(汗)。
彼女にとってはもう、この二人の共演舞台が存在すること自体が奇跡、チケ取れたのも奇跡。
でもって実はですね…座席がスゴかったんですよ。
なんと!最前列の真ん中だったのです(爆)←アタシが圭モバで当てたんですよー。奇跡はアタシだなw
劇場に入ったらステージと座席があまりにも近いのでキモチワルクなりそうなくらい緊張しました。
手を伸ばせば触れられるほど近くに二人がいた。今後二度と今日の距離より近づけることなどないだろうというくらい近い。
近すぎて、バヤシ氏のお疲れも一目瞭然。圭くんの美しさ(この人は実物を見るとTVなんかの数倍キレイで驚くのよ)もガツンとクる。目の表情まで見えるからスゴイ。
なので、芝居を「観る」というよりも、もっと近くに入りこんでしまったような錯覚を覚えました。
もっと近く、とは…要するに、演じてるバヤシや圭くんの心の中まで、というような意味です。
もちろん錯覚なのですが、この芝居にはそういうのがものすごい効果を生むのです。
これを演じるのがバヤシであるからこその意味、圭くんであることの意味、というのが実に大きいように思えました。


帰宅して2ちゃんを見てたら、こんな質問がありました。


「仮にこれが無名の作家の作品で無名の芸人と無名の俳優が同じ演技してても泣いたと思う? 」


私は、それだったらたぶん泣けなかったと思う。
原作小説を読んだ段階では、おさむ氏が書いたかどうか関係なく面白かったし、泣きました。
だから作品の力はじゅうぶんにあります。
でも、舞台に上がった場合、それ以上の何かを現出するのは演じる人間の個別の魅力のようなもののような気がする。
一般論はわからないけれど、とにかく私がこの舞台を観て一番に感じたのは、「これは若林だからこそできるんだ」ということだったのです。
彼でなければ絶対に表現できない世界を、私はそこに観ました。


私の中では、イエローハーツの物語は、かつて若林が書いていた(そして封印されてすでに長い)「どろだんご日記」に絶妙にリンクします。(こんな話を蒸し返されるのを本人はイヤかも知れないけれど、それもアナタの魅力の1つなんだから諦めな、と言いたいw)
青くて、臆病で、ナイーブで、世の中を斜めに見て、石ころを蹴りながらちっさい声で毒を吐いてたあの頃の彼。
小さく、名もなく、何年も売れず、先が見えず、折れそうになっていた彼。
かつてバヤシがいた場所を、私たちは知っている。
そして今いる場所も。
この一人の青年の奇跡のような軌跡は、リアルでも劇中でも同じ濃度で観ているものの胸に迫るのではないかと思います。
いや、もちろん原作のデキがいいから、物語自体が素晴らしいことはもちろんなのだけれど…なんというか、バヤシが演じることによって絶大なるプラスアルファが作用するような気がするのです。
少なくとも、彼のファンはそう見るでしょう。
M1準優勝の瞬間から1年半の間、ウチではドリーの出演する全てのTVを見ました。ずっとずっとバヤシを見守ってきたからこそ抱ける感慨なのかもしれません。でも、その効果は絶大です。
本当はそんな見方を許してしまう舞台作品ってダメなのかもしれないけど、これはそういうのも許される作品のような気がします。


若林の起用はわかりすぎるくらいわかるけれど、おさむ氏がなぜ圭くんを選んだかは舞台を見るまで謎でした。
でも、観たらわかった。
圭くんは、しっかり役のキャラクターになりきって、バヤシを支えるにじゅうぶんなパワフルさを持っていた。
汗をいっぱいかきながら、声を張りながら、舞台上を楽しそうに疾走し、磐石の安定感で舞台を支えていた。言ってみればお芝居の虚構をリアルに近づける役割を担ってる感じですかね(バヤシ氏と逆、ってことです)。
圭くんの舞台を見るのは3回目だけど、今まででいちばん、なんというか…「水を得た魚」だった。「威風堂々」といってもいいし、「ちょろいぜ」って感じのドヤな空気もちょっとあった(笑)。でも、それが良かった。すごく。
おさむ氏にはわかってたんだろうと思う。これを演じる圭くんの魅力の方向が、アグレッシブなまでの陽性であることを。でもって圭くんが演じるキャラクターにはそういう明るさが絶対に必要だった。
この魅力を出せるのは、ちょっと考えただけでもやっぱり圭くんしかいない気がする。
ファンの贔屓目かもしれないけど、圭くんはね、ああ見えてすっごく頼りになるのよ。
あの人、舞台に立たせたらマジでスッゴイんだから!
…てな満足感に満たされました(笑)
もちろん私は圭くんのファンですから、彼が弱気になったり凹みやすいのもわかってるし、すごく頑張ってるのも承知してるけれど、結果的にいつだって圭くんはきっちり仕上げてプロ根性見せてくれる。そういうところを、もう手放しで信じてる、といった感じです。
今回だって、アウェイな感じだったらどうしよう…なんて心配していたのがウソのよう。初めて圭くんが主導権握ってる舞台を観た。しかもあんなに生き生きと。
さすが!と言うしかないよぅ。


この舞台にはもう一人、女性が参加しています。伊勢佳世さん。
彼女は圭くんの相手役だったので、圭くんとのみ絡みがありましたが、そのシーンでは役者同士の妙に安定した空気が流れるのです。圭くんとバヤシの対峙する場面では、どうしてもバヤシが硬いので(ヘタと言う意味ではないです。空気感の問題)奇妙な緊張があるのですが、伊勢さんと圭くんの場面ではシーンが水のようになめらかに流れるのです。
そういうところが、いい感じにめりはりが利いてて良かったです。
それと、個人的感想として伊勢さんと圭くんの絡みシーンはメッチャ可愛くて好きです。


途中、会場全体から鼻をすする音が大きくなってきました。
圭くんのモノローグシーンあたりから、かな。
ああ、みなさん泣いてるなーと。でも、私はあまりに”中の人”に寄り添いすぎてて、このあたりまではすごく冷静だったのです。
圭くんの熱演も、見とれるほど巧かったけれど、その涙に引き込まれることはなかった。どうしても、どんなに巧くてもそこに原作本以上のものが見えなかったから。きっちり原作どおりだと思ったけれど。
でも、涙腺崩壊は突然やってきた。
それは若林のモノローグシーンでした。
膝を抱えて座った若林が、最後のホンネを漏らすシーン(これ、ちなみに目の前1mか?ってなくらい近かった(汗))
そこで、彼は涙を流しながらの熱演をしたのです。あの若林が、ですよ。これだけで一瞬のうちに原作を超える。
ガードが固くて臆病で、自分の感情を開放するのが苦手な若林が”恥ずかしげもなく”熱い芝居をやってのけていることが、なにか信じられないものを観るような思いです。
他の誰でもない、「あの若林が」というところに意味がある。
それを見た瞬間、グッとキちゃった。
ああ、スゴイなワカちゃん…めちゃめちゃ頑張ったね…。アンタ、スゴイよ。頑張ったねぇぇ〜(涙)
そう思ったら、涙が止まらなくなっちゃった。
彼がかつていた場所、今いる場所。
ことごとく重なってくる。
台詞の言葉が、本音のように聞こえてくる。
そしてふと我に返ると、この膨大な台詞を覚えて初舞台を踏んでいる彼自身の「今」に行き着くのです。
その感動たるや。
物語の中には納まりきらない感動ですよ。
もうね、泣きながらスタンディングオベーションするしかなかろうよ。
ひーひー言いながら手ぇ痛くなるくらい拍手しましたよ。


えーと、ちなみに演出とか、舞台設計とか、そういうものはイマイチでしたね。
てか、フツーかな。意外性がないです。
まぁ、基本二人の会話が重要な芝居なので問題ナシですが。
音楽はお嬢はすごく気に入っていて聴くだけで泣けるとか言ってましたが、私は特に可もなく不可もなく、といった感じ。
これはもう、感性が若くないからかも…と、ちょっと思います(しゅん…)
ちなみにフジファブリックの「若者のすべて」という曲です。


なんだか書きたいことがいろいろあるような気がするけどまとまりません。
DVDを予約したので、また後日、それが届いた頃にあらたに思うこともあるでしょう。
あーちなみに。
会場で売っていたグッズ関係はポスター2種類、パンフ、ポストカード(3種入り)でした。
全部一揃い買いました。パンフは2つ買ってもよかったかなぁーとちょっと後悔。