Freaky Flower

グルテンフリー生活実践中!

台北4日目/帰国


最終日。今日はもう帰るだけ。
朝、ゆっくり起きて朝食を食べ、荷物をまとめてタクシーで桃園空港へ。



タクシーは高速道路を通らずに、海沿いの道を走りました。
(高速道路料金を浮かすため?理由は不明)
トラックが多くて怖い道なのだけど、海や山が見える風景がなかなか良くて、ずっと車窓から外を眺めてた。人の住むところはどこも老朽化して煤ぼけているのだけれど、海や山はきれいで、冬場でも木々は生き生きと茂っている。
ちょっとでも時間ができると海や山に行ってしまう阿嶽の気持ちが、なんだかよくわかる気がしたり(妄想)。



空港。
出発は調整のため30分の遅れ。



チャイルドミールの機内食
帰りはあっという間に成田に着いちゃった、って感じ。
機内映画の「怪盗グルーの月泥棒」(すでに劇場で見たやつなので日本語でなくてもボクちゃんも楽しめた)を見終えたら到着してました。


成田からはマイカーで帰宅。
途中の道々の暗いことといったら。ムジナが出そうだ(爆)。
つったって山の中じゃないっすよ。民家があるのに暗いのよね。
こういうのが大きく台湾と違うところです。
夜の暗さに、侘び寂びの感覚を実感しましたw


そういえば。
内面的な事だったので書き忘れていたのだけれど、台湾に着いた最初の日、空港からホテルまで乗せてくれたタクシーの運転手さんが、ずっと静かな音量でバッハをかけていました。パルティータの1番とかを。
それは私に強烈な印象を残しました。
映画「超級公民」のタクシー運転手を思い出して、感傷的になってしまった。
いや、あの作品中でかかっていたのはバッハではなかったかもしれないけれど、受ける印象が同じだったのです。
夜の台北に、バッハはひどく似合ってた。
この街の真ん中にどっぷりと入ってゆくことを諦めている人間が、ある種の隔たりを通して(まさしく車窓に過ぎる風景を眺めるかのように)街路を通り過ぎてゆくときに、聞こえてくるバッハ。
そして、あの映画で阿嶽が演じた、台北の都会に馴染めずに”山に帰る”原住民のイメージが旅行中ずっと頭から離れなくなってしまいました。


旅行に行く前はめっちゃ観光気分だったのですが、そんなバッハから始まったせいもあって、一歩足を踏み入れた途端に完全に思索者と化し、考え事ばかりの旅になってしまいました。
しかも、台北の街はノー天気で歩けるほどストレスフリーではなかった。
特にボクちゃんにはキツイ旅になってしまいました。
臭くて騒音がひどくて汚くて危なくて人が溢れていて言葉のアタックも強くて。怖かっただろうと思う。
初めての海外旅行ってことでものすごく期待していただけに気の毒なことをしました。それでもけなげに文句も言わずに我慢しているから、ホントに可哀相でたまりませんでした。
そういった不適合や違和感も旅の一つの醍醐味なんだけど、それをいうにはボクちゃんはまだあまりにも小さいのです。
10代にもなれば文化の違いや土地ごとの色を、好き嫌いは別として、別視点で観察して楽しむという旅のあり方を理解できるのだろうけどね。
まぁ、そういう親心(ボクちゃんがツライと私もツライ!)もあって、ぶっちゃけあまり楽しめませんでした。
感想は「大変だったー疲れたー」ってことに尽きます。
それも家族の大事な思い出ですけどね。
後になって「あん時ゃくたびれたよねー。あの街はディープだったよねー」って話すときにはきっと楽しいことでしょう。
あらゆる経験は、糧になります。


でも阿嶽ファンの自分としては、今回台湾に行ったことは大正解でした。
以前よりももっと阿嶽に対する想いを深くすることができたというか。彼の住む街を見て、より彼を知ることができたような”錯覚を”w覚えました。ファンとしては嬉しい限りです。
台湾や香港、韓国などアジアの国々やそこのスターたちに「ハマる」日本人は、自分でも気づかない”内なる優越感”があるのだ、という説が根強くあって、そのことを私は否定も肯定もできない(自覚が無いのでわからない)でいたけれど、今回の旅でちょっとだけその感覚を自覚しました。観光資源保存の姿勢や交通法規無視の溢れかえるバイクやパチモンだらけのグッズショップを見る時、私はどこかで彼らを哀れんでいる。「私だったらこうはしない」という思いが一瞬、頭をもたげる。
そんなことは自国でも多々あることだけれど、それが憤りにならず、”そういうもんなのだここでは。ヤレヤレ”という容認になってしまうところが、要するに”内なる優越感”なのかもしれない。
でも、阿嶽に対しての想いにはそういった感覚が一切無い。これだけはガチだ。”内なる優越感”の存在に気づいたゆえに、そうでないものにも同時に気づいたというわけ。
中華迷だとか明星迷だとか我愛台湾だとか台湾人だとか日本人だとかアジア趣味だとか…そういういろんな縛りを離れたところで、私は純粋に阿嶽を評価し愛し尊敬している。完全なる個として。
そのことを台北の空の下でひしひしと感じました。
この自覚と自信は、今回の旅での収穫です。


4日間の旅の記録を書いてきて、なんだか何も伝えられていないような気持ちになっています。
なんというか、もっといろんな感覚が次々と沸き起こって様々なことを考えたはずなんですが…
そういうのは上手く書けませんね。
メモも取っていなかったので大半忘れてしまいました。
でもそれらは私の心のどこかに残ってて、いずれまた別の機会に形を変えてでてくることでしょう。それを期待してます。