「日本辺境論」

日本辺境論 (新潮新書)

日本辺境論 (新潮新書)

  • 作者:内田 樹
  • 発売日: 2009/11/16
  • メディア: 新書


ベストセラー本。この本がめっちゃ売れてるってのはなんだろう?みんなそんなに日本のアイデンテティが気になるのか?
というのが不思議で読んでみた。内田先生の本は「ためらいの倫理学」「寝ながら学べる構造主義」「子どもは判ってくれない」「下流志向」と読んできて、これが5冊目になります。
どこか「まとめ屋」みたいなとこがある内田先生ですが、この本はそこを逆手にとって大成功、みたいな感じかも。
本編が始まる前に「新しいことは書いてないよ。先人が言ってきたことをなぞってるだけだよ」てなエクスキューズがしっかり書かれております。とはいえそれは口煩い学究の方々からの批判を回避するための前口上で、先人の言ってたことなどまったく知らない私のような者にとっては、どの話も新鮮で面白く読めました。
そもそも、先人の言ってきたことを繰り返し確認する作業の上に、何をか思うのが「知的作業」なのかもしれんね。それがアカデミズムってものかも。無知層は一冊の本の中のさまざまな出典から知に触れる機会を得るものだし。


●目からウロコだったこと。
聖徳太子の「日出処の〜」はどう考えても戦略(無知を装って蔑視されることによって正面から向かい合わずに済まそうという)だと思えますが、同じ理屈で憲法9条と自衛隊の存在を「矛盾している」と認識することで、アメリカへの従属を回避している、という理屈には驚きました。これが辺境的生き方の知恵なのか〜。奥が深いなぁ。


●印象的だったこと。
日本人特有の「道」という概念に関する考察の部分。
ここでいう「道」とは剣道や柔道みたいなプログラムのことですが、その概念ってのが実は物事を「成就」するという概念とうまく整合しない、という話。
道の果てには見たことの無い目的地があり、常に道は半ばであるという感覚が、自分の未成熟や未完成を正当化してしまう、というね。
私は道(○○道、みたいなことではなく、単に物理的な「道」なのですが)に、自分の来し方を重ね合わせて見てしまうような感性があるのですが、それってのもこの理屈に実によく合致しているのだなぁ!と驚きました。
常に途上にあり、決定権は猶予されており、目的地に向かえども「日暮れて道遠し」といって遠い目をしてみせる、というのは甘美な甘えなのね(汗)。


●心配になっちゃったこと
学ぶ力の劣化に関しての章には愕然としました。言われてみればその通りで、今の学校教育における学習の動機付けというのはまるで損得勘定なんですよね。
子供たちにまず「夢を持て」といったりする。しかもその「夢」とは、多くは職業のことなのです。「アナウンサーになりたい」「考古学者になりたい」とかをまず語らせる(「幸せになりたい」なんてのは相手にされない)そして「それになるには?」というところから勉強をするモチベーションを引き出そうとしている。
小学校でこれですよ?あまりにナンセンス。てか、とことんインテリジェンスから遠い。なんなら教師に問いたいね。「アナタの夢は叶ったの?」と。
とりあえずこういう本が一番必要なのは教育者たちじゃないですかね。親も含め。