「影」 カーリン・アルヴテーゲン

影 (小学館文庫)

影 (小学館文庫)


久々に凄い小説(凄い作家!)にめぐり合えました。カーリン・アルヴテーゲン。スウェーデンの作家です。
書店で新刊の棚からテキトーに選んだ翻訳ミステリー。
何の前知識もなく、推理モノだと思って読み始めたのですが・・・読み進めていくうちに、ぜんぜん違う!ということに気づきました。
人の心の奥底に深く踏み込んだ素晴らしい人間劇でした。もう、ホントにガツーンとやられちゃった。面白くて、一気に読みました。
愉快な話でもないし、ろくな救いもないのですが、破滅に至るまでの人間の心の動きをきっちりと描写しきっているせいで、罪も過ちも唐突に感じることがなく、起こった事柄のわりにはダメージを受けずにすみます。
ここまで人間の内面を深部まで掘り下げて書かれていると、崩壊してゆく一切合財をまるで必然であるかのように淡々と見守ることができるんですよね。
そのために選ばれた手法は、ほぼ登場人物と同じだけの視点を駆使する・・・という難しい、手の込んだ構成です。
視点を変える描写は軸がブレがちな手法ですが、これがもう完璧に機能している!
混乱することなくそれぞれの登場人物の思惑を描き分けることに成功しているのです。いや、思惑のみならず、その出自や価値観、弱味や自尊心のあり方などを描ききっている。驚異ですよ。なので、どの登場人物にもそれぞれなりの「そうなるに至った理由」を感じることができる。親身になってしまえるほどに、読んでいるこちらの共感を呼び起こす。私にも理解できると思える「普通であるはずの人たち」が、悪魔に魂を明け渡してゆくのを垣間見る驚きと怖さ!
物語には豊かな時間軸があって、それをさかのぼったり戻ったりしながら少しずつ謎が解き明かされてゆきます。
ラストシーン・・・というか、最後の数行がとても印象的。
決定的な結論を描写せず、こういった終わり方をするのが、センチメンタルでとてもいいです。
これは最終的に「親子の物語」なんですよ。親と子の逃れられない宿命の悲しさ。そこがまたセツナイ。


とにかく巧い。唸っちゃうほど巧い作家です。
北欧の文化や感性はいまひとつ遠すぎて、イメージを抱きにくい・・・というか、ぶっちゃけニガテだったりするのですが、この小説に読みにくさは全く感じませんでした。
風景の描写に合わせて、土地の人たちが共通して抱えているものもうまく取り入れられるので(たとえばナチスの時代の記憶、欧州における言語的マイノリティゆえの文学のありかた、深刻なアルコール中毒が多いこと・・・etc)。少し、スウェーデンのイメージが掴めるようになった気がします。
翻訳(訳者は柳沢由実子さん)の巧さも格別です。(原書はスウェーデン語ですよね?この分野にここまでの匠がいらしたことがとても貴重です。)この訳があってこそ、といえます。
本作品以前にアルヴテーゲンの4作品が、いずれも柳沢さんの訳で出版されてます。
探しましたが、近くの本屋にはどこにも在庫がなくて、アマゾンに注文を入れました。アマゾンの書評を読むと、どれも面白そうです。届くのが楽しみ!