AERA in FOLK


欲しかったムック「AERA in FOLK」(2006年4月の臨時増刊号)を入手しました。
これ、かなりの充実ぶりでしたよ〜。
なかなかここまで濃いムックはないですよ。私の興味のある部分が中心の編集で嬉しい!
一番のお目当てはもちろん「高田渡の肖像」って記事ですが、他にも中津川フォークジャンボリーの記録やURC秘話、イムジン河松山猛さん、加藤和彦さんとミカバンド、坂崎師匠やなぎら御大の音楽解説・・・等々、興味深い記事が盛りだくさんです。


まぁ、正直、こういう本を読んで思うのは、自分はフォークを、たぶん「音楽として」好きなのではないのだな、ということです。
あの時代の、空気とか言葉、なんですよね。好きなのは。
言葉と風景と物語、かな。そう、物語。
音楽ではない、と言い切ることはできないけれど(もちろんそれは音楽なのであるから)、純粋に音に魅せられているわけではない自覚はある。
そこに言葉がないと始まらない。
言葉がないと始まらないものは、果たして音楽なのか?というね。まずもってクラシックにハマる前だったらそう思わなかったのだけれど、今ではどうしてもそんなところにこだわってしまうわけだ。
言えるのは、フォークをインストで聴くなんてのは魅力のないことだし、インストではフォークでなくなる気がする。ということです。


興味深い考察が載っていました。
あの伝説のフォークジャンボリーが開催された中津川市のある恵那地方では、綴り方(作文)の教育が盛んなのだそうです。
そこで教育を受けた人(中津川FJ主催の笠木さん)が言うには
「嫌というほど作文を書かされた。自然と他人には知られたくない家族や両親のことなどを見つめるようになる。自分の生活を知り、現実を知ると、様々な疑問や不満がわきあがってくる。まさに後のフォークだった」
・・・と。
フォークジャンボリーの生まれる背景に、言葉による表現にこだわる土壌があったというのが面白いです。
3回目のジャンボリーにヒッチハイクで山形から見に来ていた当時山形大学3年生の遠藤ミチロウ三上寛に衝撃を受けたという話も印象的です。
「独創的な言葉が衝撃だった。言葉は音楽と一緒に伝わってくるものなんだ、と初めて体で分かったんです。それが僕の原点になった」
こういうのを読んでも、フォークというのはその発生過程において「音楽」ではなく「言葉」が先行するのだなぁ、という気がします。


中津川ジャンボリーの実態は、どうやら私が妄想の中で思い描くのとはかなり様子が違うようだったのも衝撃でした。
ウッドストックのような開放性も思想性もなく(真似しようにも風土と精神性が違うのでまるで似ない、と)、新宿西口フォークゲリラのような切羽詰った熱気もなく、なんとなく中途半端でわやくちゃな企画だったというような証言が。
死亡事故(!)があったり、トイレが足りなくて糞尿騒動があったり、べ平連の乱入や突然の討論会、拓郎が2時間も「人間なんて」を歌う中、真夏の暑さにヤられながらジメジメした湿った地面に座りっぱなし・・・という状況はどう考えてもストレスが溜まりそうではあるね(^^;;)。
1,2回に続いて第3回のジャンボリーに、渡さんは武蔵野タンポポ団で参加しているけれど、3回目の会場は渡さんには似つかわしくない気がします。
だってさー「人間なんて」を2時間とか・・・そういうダサいの、渡さんはマジで嫌いっぽいもんw
この「人間なんて」事件のあと、・・・というか、拓郎の台頭と共にフォークの世界は変わった、と感じている人は多そうです。


記事の一つ「高田渡の肖像」(by 中川五郎)より、とても好きな一枚をちょっと拝借。


吉祥寺の「ぐゎらんどう」でマンドリンを弾く渡さんの写真。
渡さんは佇まいがすでに何か、妙に物語を孕んでいるんですよね。そこだけなんだか空気が違って見えるような。
・・・って、実際見たこともないくせに(悲)こんなこと言うのもヘンだけど・・・写真でもそういう雰囲気は出るものです。
渡さんはいつもセンスの良いセーターを着ているなぁ。セーターが似合うなぁ・・・なんてことを考えながら、ぼんやりと動かない写真を眺め入ります。
私はいつか、恋しい男の人のセーターの匂いをモチーフにした物語っての書きたいと、以前から思っているのです。もちろん舞台は1968年頃で。フリースもボアもない時代の、青春の匂いをね。・・・でもなんだか最近、そのイメージに若き日の渡さんがかぶるようになりました。それを思うと、少しドキドキします。
う〜ん・・・すでにこの世にいない人に惚れるのって・・・何度か経験あるけれども複雑だね。
恋なんていわば物語の変形ですから、実体なんてなくたっていいか。とも思うのだけど・・・でも、実体があったほうが楽しいな。てなこと言っても今更どうにもなりませんが(涙)。


ところで。なぎら健壱御大はもしかして最も恵まれた「フォーク体験者」なんじゃないかと、これ読んでつくづく思いました。
だってタイミングがスゴイ。全てがジャストでさ。そのフォーク青年ど真ん中ぶりはキセキのようです(笑)。