渡さん関連本もろもろ


どうもどうもやぁどうも。
まぁ、そんなわけで高田渡貧乏になりつつある今日この頃です。
CDもレンタルにはめったに置いていないので頑張って買い揃えているし、関連記事のありそうな雑誌を見つけると飛びついてしまう。
ああ金欠。
先日、3枚買ってあったケイちゃんのシェイクスピア劇初舞台のチケットを2枚売り捌き、売ったお金で渡さんのCDを買った(爆)。
ホント言うと、ケイちゃんには申し訳ないがシェイクスピア劇どころじゃないくらいこっちに転がってしまったわけで、残る1枚のチケももしかして売ってしまうかもしれない。
・・・って、考えるとそれはやはりもったいない、とも思うんだけどね。だって初舞台だし。
でも私には今どうしても欲しいものがある。そのお値段がちょっとばかし高い。アイタタタだ。
チケットを持つ(=芝居を観に行く)、ということはつまりその倍近い交通費もかかるってことなんですよ。でかいのはそこだ。
う〜ん、どうしようかなぁ〜と考えて考えて考えているうちにホントにシェイクスピアを見る心境じゃなくなってしまった。
演劇雑誌に載ってるケイちゃんの舞台稽古ショットはとてもイカシテいたのだけれど、もはや驚くほどそこに食いつかない自分(汗)。ごめん、あっという間だった。
まぁ、ぶっちゃけ「可愛い男の子」は私にはいらないなぁ、と実感しているのですけどね。だって世界一可愛い男の子が家にいるんだもん!
・・・ってのは冗談としても、もともと年下の男の子に恋愛感情はまったく持てないし、萌えゴコロも感じにくいというタチですからね。最初からムリがあった。それはもう、ホント実感した。指差し確認みたいだった。
もちろんケイちゃんが悪いわけじゃないんですよ全然。べつに嫌いなわけじゃないし。ただ、私がどうしてもついていけないんです。場違い甚だしい感じというか。


話は逸れましたが。
渡さんですよ。
渡さんはもう、徹底的にオヤジなので私の得意分野です(笑)。
オヤジの何に惹かれるかというと、とにかく私は「オヤジの若い頃」てのにメチャ弱いのです。その想像(妄想)は圧倒的な物語をこちらに運んできてくれる。
私は何よりもその物語に弱い。私の体内ではそれこそが「恋」と変換されうるものなのです。
今はもはや「若かりし渡さん」はもちろん、「オヤジな渡さん」もいないわけで、それを思うと胸にヒュウウウと風が吹くのですが、二度と覆らない若き日が歴史に刻まれてある限り、私はそこで恋ができるのです。
・・・って、いや(汗)、渡さんに恋心は抱いていないと思うんですけれどね。でも、
若い時の渡さんがまたとってもカッコいいんですよ!ふわっ、としてるのに骨があってさ。すごくステキなんです。嬉しくなる。
なんだろうな、音楽だけじゃなくて明らかにあのキャラがイイんですよ。
繰り返しチューブを見ながら、絶妙に愛らしいしゃべり方にうっとりしています。
落語家のような「間」と、優しいまろやかさと、可愛らしさと、可笑しさと、品のよさと、チラ見えする凄味と、ちょっとペーソスを効かせた話しぶりが、ホントにイイのです。もうね、説明できないねこの魅力は。
歌はCDで聴いてもいいとして、このしゃべりを実際に聞けなかったのは本当に残念です。


今日買った古書はこれ。

en-taxi」って昔は小さなサイズだったんですね。(B6サイズです。今はB4になってるけど)
渡さんの追悼特集。文芸誌ならではのアプローチが面白かったです。
印象的だったのは宮沢章夫さんの寄稿での、渡さんの「声」に関する部分です。
あの声はいわゆる「いい声」ではないけれど、高田渡という存在の具現であり、それが「いい」と思えないと、高田渡の歌の良さはきっとわからないだろう・・・というくだり。
これ、まさにそうなんですよね。
渡さんの声は(それは話し声でももちろん)いろんなものをあらわしているんです。抑揚や言いまわし、発音、そういうものの物理的な動きの中に、絶妙なる世界がある。
たぶん渡さんの歌を他の人が歌っても別物になるだけでしょう。まだトリビュートは聴いていないけど、なんとなくわかる。


こちらは先日読了。

バーボン・ストリート・ブルース (ちくま文庫)

バーボン・ストリート・ブルース (ちくま文庫)


自伝です。
ご本人の証言ゆえに全てが興味深いです。
のほほんとした優しさと地頭の良さと文学的な感性を感じさせる半面、時々ビックリするくらい厳しかったりするのに驚きます。
小田実に関するくだりなんかはもうね、辛辣で驚いた。渡さんの別の一面を見た気がします。バリバリの共産党員だったお父様の影響が、ちょっと伺えます。
思いのほかワールドワイドで、オシャレで、カメラの趣味を極めてたり、映画が好きだったり、現代詩を愛したりと・・・なんというか、「アル中の浮浪者」イメージとは、実際はかなりかけ離れた人なのね、という感じ。ちょっとホッとしたw


それから、先日こちらも入手しました。

高田渡読本 (CDジャーナルムック)

高田渡読本 (CDジャーナルムック)


これは総合ガイド、みたいな。アルバムの解説などまとめて読めるので初心者向きです。重宝します。
愛情あふれるお仲間たちのメッセージがたくさん。漣くんのインタビューもあります。
なぎらさんの寄稿の中に「彼には欲がなかったんじゃなくて欲の場所が世間様と違う」「欲を見せないという欲があった」「彼のようになろうとやってみたけど高田渡のようにはなれない」と、映画「タカダワタル的」で柄本明が言ってたのと言い回し一つ違わないまったく同じことが書いてあったのですが、これは・・・・?
これ、どっちが最初に言い出したことなんでしょうね?どっちも自分が考えた風に話してるけどさ、ありえないよね。こんな絶妙なる見解、かぶらないよ普通。
キャラ的にはなぎらさんがパクったようなイメージですけど(失礼!)まさか柄本さんが?
気になるなー。
ちなみになぎらさんの「針小棒大」ぶりは渡さん本人がここ↓でも親しみをこめてバラしております(笑)。