情熱的な、あまりにも情熱的な。

この2週間…いや、もう3週間になるのかな。繰り返し繰り返し、一つの曲ばかり聴いていて、正直、気が狂いそうです(笑)。
ショスタコーヴィチのチェロ・ソナタなのですが。
これ…どうしよう、ってくらい好き。
ショスタコーヴィチの曲は、聴いている限りで言えばたいてい好きだし、さほど好きでない曲も彼が作ったというだけでもイトオシクなって無視できないんですが、これは中でも特別ですね。メロメロです。
私、この曲に出会うためにクラ落ちしたのかも、と思えるくらい。


もともとこの曲が好きだというところに加えて、丁度この曲を作曲している頃のミーチャの書いた、これでもかっ!というほど情熱的な、恋人へのラブレターを読んでしまったので、もはや妄想から逃れられなくなってしまいました。
「物語」が私の中にできあがってしまったんです。
勝手な「物語」にあてはめて音楽を聴くのは全くもって音楽的な行為ではないと思っているし、たぶん邪道なんですけど、ファンなのでそれはもう如何ともしがたい。
作曲家個人の思惑を「妄想」しながら曲を聴く喜びにズッポリとはまってしまってます。
というわけで、私の中ではこのチェロ・ソナタは、めくるめく恋の歌!なのです。
しかも、ひと夏の激しく狂おしい不倫の恋、ですよ。
ぶはー。濃いよー。

1934年の夏。
27歳のミーチャは、英語を教わるために家庭教師として自宅に来てもらっていた20歳の女子大生・リャーリャと、激しい恋におちたのです。
ミーチャはこの2年前にすでに結婚していたのだけれども、結婚後も苗字を変えない物理学者である妻・ニーナとの間にはまだ子どももいなくて、すれ違いも多く、若い彼はなんだか気持ち的にフラフラとしたところがあったんでしょう。
もともと、彼は恋愛にヨワイ(ロマンス好きなところがある)ようだし、「子供絶対主義」の彼にとって、子どものいない結婚生活など、結婚生活ではなかったのかもしれません。*1
恋人・リャーリャに贈る言葉は、どっからどう読んでも全く既婚者のものじゃありませんからね!
まったくもう…エンジン全開の恋するオトコだ。
こんなヤツが旦那だったら絶対イヤですが、他人事だと思うと途端に魅力的な物語の主人公になってしまうのだから不思議ですね。
私はこの書簡を読んで、ますますミーチャが好きになってしまいました。


彼が書いた恋人への書簡は、この↓本*2に載っています。


書簡には、生き生きとした若いショスタコーヴィチの想いがめいっぱい溢れていて、圧倒されます。
こんなにも、こんなにも彼は情熱的な恋ができる人*3なんだ…ということに、感動を覚えずにはいられません。
子供のように無邪気で、情熱的で、ユーモアがあって、せっかちで、優柔不断で、自分勝手で、臆病で…そこには恋の「震え」がたっぷりと息づいています。
それらの書簡を読んでいると、まさに「ほだされ」てしまう。
好きな人からこんな手紙をもらったら、そりゃもう、かなわんだろうなぁ、と思う。
押されて押されていつのまにか押し倒されちゃう感じか。
しかもその「押し」は、マッチョなものではなくて、ものすごく官能的で、甘〜い、のダ(笑)。
著者は「恋をしたショスタコーヴィチは感動的といってよいほど魅力的である。」と表現していますが、まさにそう!


「愛するリャーリャ」で始まり、あらゆる言葉で逢えない事を嘆き、想像の中で抱きしめる恋人の幻影を、これ以上ない賛辞で讃え、結びにはいつも大量のキスを浴びせる「君のミーチャ」が、そこにいる。
こんな調子の、全身から湯気が出そうな何通ものラブレターが今や大衆の面前に公開されていることを、彼は草葉の陰でどんなふうに思っているんだろうなぁ。
自分が蒔いた種とはいえ、死後になってかつての不倫相手に若い頃の青臭いラブレターを公開されるというのは、かなりの屈辱ですよね。可哀相にwご愁傷様です。
でも、ファンにとっては嬉しいことです。こんな、読めるはずもないものが読めるなんて!
暴露をありがとう(笑)。
この本を出してくれたソフィア・ヘーントワ女史の誠実な情熱にも、訳してこれを日本に届けてくれた亀山郁夫先生にも、感謝です。
亀山先生は、ショスタコーヴィチを「自己抑制ではなくエネルギーの蕩尽というすさまじい欲望から作品を生み出した天才」、とし、その音楽を「全体主義との対話としての音楽」だと定義づけていますが、だからこそ、その人生のディテールは、音楽理解をする上で大事なのだということですね。
恋をすることも、サッカーヲタクだったことも、決して音楽の外側で起こってはいないし、権力やスターリンとの関係ばかりが音楽の内側で起こっていたのでもない。それらは全て、彼の人生のそして音楽に対しての重要なファクターであるということです。
一人の芸術家の人生を想像するのはあまりに奥深い。あらゆるエピソードの一つ一つに彼は、いる。ディテールこそが、雄弁なのかもしれない。
そういう小さなカケラを少しずつ紡いでは妄想し、そしてまた繰り返し音楽を聴く中で、私は少しずつ、彼に近づけるような気がしています。

*1:後に夫婦の仲は元の鞘に収まり、無事に二人の子供ができ、その子たちが成長するまでの期間は(何度も夫婦はアヤウクなりながらも、子供第一ゆえに)ミーチャは子煩悩な良きパパとして過ごしています。

*2:これは、本当に楽しい本です。大きく3部構成になっていて、「交響曲第13番「バビ・ヤール」に関すること」、「女性遍歴」、「サッカー狂の姿」、という、ショスさんの中の3つの個性的な側面に関して多くを知ることができます。作曲家の真の姿が垣間見えるアプローチが、ファン心をくすぐるんですよ。

*3:憂鬱そうなポートレイトが多い人だから、こんな一面があるなんて知る人は少ないかもしれませんね。惜しいな。