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夢見るショスタコーヴィチ


ショスタコばっかり聴いてるのもナンだと思い、あえていろんなのを同時に聴くようにしているんですが、どうもここんとこ聴くものがどれもちーっとも面白くないんですよね・・・。選択ミスが続いているのだろうか?
シベリウスのV協も、グリーグの叙情曲集も、クープランのコンセール集も、キュイもタネーエフもスクリャービンも・・・って、これらはここ1週間で聴いたものたちですが、どれもツマンなかったんですよ、見事に。もう、見事にシュミじゃない。*1
自分、絶対「クラシック・ファン」じゃないよな・・・という暗澹たる気分になりましたよ。
最初からこういう出会いしかなかったらクラシックを好きにはならないんだろうな。


アタシなんかキャパが狭いから正直なところ「クラシック」というくくりの中には全くシュミじゃない曲が膨大にあるんです。
・・・っていうか、シュミである曲の方が実際のところ圧倒的に少ないわけ。
バッハからショスタコまでひとくくりにしたジャンルを「クラシック」とひとくくりに指して、「好きです♪」とは間違ってもいえないなぁ・・・と思ったりします。
だってどう考えたって、バッハとショスタコーヴィチが同じジャンルの曲であるはずがないよ?
全く違う音楽だけれど、それぞれの良さがわかるようになったらそれがホントだ、とは思いますけど・・・私にはまだその道のりは遠すぎます。好きな曲を聴くだけで満腹だ。
クラシックにハマれた人ってのは、恵まれているんだと思います。
その世界にひっぱってってくれる魅惑の曲と出会えただけでもすごい事だもの。
みなさんそれぞれ、そういう「運命の曲」と出会ってきたのだろうなぁ・・・。
「いい曲」「名曲」は、そりゃ山のようにある。犬も歩けば名曲にあたるでしょう。でも、そんだけじゃクラシックにハマルまではいかないですよね、一般的には。
今は「ノダメ」ブームでべト7とか大ヒットしてますが、これでべト7を着メロにしてる人が揃いも揃ってクラシックファンになるかといえばそうじゃないわけだし。その1曲をきっかけに壁を越えてみようと思わせる力を持った曲との出会いがやはり大事でしょうね。
それでも、ドラマやマンガがあることで出会うチャンスが増えているのは確実で、それはとてもいいことなんだと思いますが。


私は自分がどうしてショスタコが好きになったのかよくわからないんですが、とにかく、これは「巡りあい」だというのを感じるんですよ。
どうしても好きじゃないなぁ・・・という曲を聴いた後に、ショスさんを聴くと、不思議と心に馴染むのです。
ショスさんばかり聴いていると、だんだん苦しくなってくるのに、他のを聴いてショスさんに戻ると、なんだか気持ちがいいんですよ。
私はこの作曲家が本当に好きなのかもしれないなぁ・・・と、思うのはそんな瞬間があるからです。
それと、何を聴きたいかわからないとき、「ショスタコでも聴こうか・・」と思う。そういうのが積み重なって、だんだん気づいてきた。
作曲家で言えば、ベトベンやR・シュトラウスチャイコフスキーラフマニノフも好きだし、わりとフィットするんですけど・・・トータルで考えるとショスさんが一番かなぁ、と思うんですよね・・・今のところは。
そのフィット率(?)はポール・サイモンに匹敵します(笑)。「アタシはこんなに暗くないんだけどなぁ・・おかしいなぁ・・」と思いながらも惹かれる、というパターンまで含めて似ているような気がする・・。


ここ数日よく聴いているショスさんのアルバムは、ネーメ・ヤルヴィ&ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル・オーケストラの「バレエ組曲全集」です。

楽しくて哀しくて美しくて、とてもイイ感じです。
ジャズ組曲や「明るい小川」などのバレエ曲からの楽曲の混ぜこぜ配列なんですが、どれもショスタコ節が感じられる奇妙な可愛らしさがあるんですよね。混ぜこぜなおかげで、どっかで(ったって、もちろんショスタコ作品の中で)聴いたメロディがちらほらあって、そういうのもなんだか楽しい。
バレエ曲というだけあって明るい曲が多い作品集なので、シアワセな気持ちにもなります。
これもまた、私の愛するショスさんの一面です。
ショスタコは「暗い」「重い」「政治的である」とよく言われますが(中には「女が聴く音楽ではない」とまで言うトンデモ野郎までいる)、彼はこんな素晴らしく夢見がちな世界を描くことだってできるってことを忘れて欲しくないと思いますね。
恋しやすくて優しくて細やかだった人ですから、その感性にロマンティシズムもたくさんもっていたって不思議じゃないでしょう。むしろその豊かな美意識が国家の陵辱と化学反応を起こした時に、いびつで暗い・・けれども美しいあの独特な音楽が生まれてきたのかもしれない。
怒りと恐怖と不条理ばかりが彼の創作を支配していたとはどうしても思えないのですよ・・・。彼も恋する男だよ?
どのみち、どれが「ほんとうの」ショスさんかなんて、誰にもわかりません。
わからないなりに、それぞれの受け止め方で愛していったらいいんじゃないかと思います。
いかにもな曲だけを聴いてショスさんを断定的に語るような空気には、なんだか違和感を感じはじめた今日この頃でありますよ。(クラシック初心者の私も、ついこの間までその断定的なショスタコーヴィチ像がデフォルトでしたからなおさら)

*1:私はシベリウスグリーグもどっちかっていうと好きで、だからこその選曲だったんですけどね・・・演奏家のせいなのか?