どんな画像に自分を託すか?

モノを選ぶとき、私はものすごーーく優柔不断です。1枚の服を買うのに3日はかかる。レストランでの注文は誰よりも遅い。
その「選べなさ」は、「どれもこれも良くて目移りする」からではなくて、「どれもこれも合わないような気がする」からだったりします。要するにものすごくハードルが高い。「ハードルを下げる」という行為に優柔不断になってしまう、ということです。どの程度の違和感まで自分の中でヨシとするか、という・・・ね。
よく言われるのは「あんたに何かをプレゼントするのは難しい。どれも欲しくないんじゃないかと思える。」という趣旨のセリフです。
いや、誤解ですけどね。プレゼント、嬉しいに決まってるじゃないですか。だってプレゼントってモノではなくて気持ちだし。
てか、私は人にモノをプレゼントするのは大好きで・・・もらうより断然あげる方が好きだったりしますが。(ちょっと傲慢なタイプ?)


そんな私が、昨日初めてミクシィの会員になりました。
ミクシィの会員になると、まず自己紹介を書かなくちゃならなくて、そこに「画像」をUPするようになってるんですよね。
その画像を選ぶのに、私はなんと夜から朝方までかかってしまいました(爆)!
なんという無駄な時間・・・・脱力。
しかもいまだに選べてません。
一応、画像は貼ってありますが、とても不本意なままです。
悩み続行中です。マジで困ってます。・・・・はぁぁぁ〜どうしようぅ(溜息)。


画像は2枚の予備を含めて3枚までUPできるようになってます。
今、そこに置いてある画像は、「10代のボロージャがピアノを弾いているセピア写真」「原稿書いてて徹夜明けのダン・エイクロイド20代の頃の写真」「ヒラリーの新譜プロモ写真」の3枚です。
最初、もちろん何の疑問もなくボロージャの画像を載せました。
でも・・・・よく見るとなんだかものすごく古臭い。カビ臭がしてきそうです。誰だこれ?っていう不気味さもある(写真の雰囲気がホーンテッドマンション風なので)。しかも暗い。
思いなおしてSNL時代のダニーに変えてみましたが・・・これも、知らない人が見たらただのオッサンのボケ画像です。しかもこれも暗い。寝起きでボサボサ頭のダニー(不機嫌風味)を「ステキ♪」と思ってるのはたぶんアタシくらいなんだろうな・・・という現実も見えてきたのでこちらも却下。
次に、思いっきり美人で優雅な雰囲気のヒラリーにしてみました。
が。この画像に変えたとたんに見も知らぬ男性から「仲良くしましょう」みたいなメッセージメールが!
げげっ。写真が美人すぎたせいか(汗)。
てか、そもそもおこがましいですよね。オマエがヒラリーの写真使っちゃ反則だろう、っつー罪悪感がひしひしと・・・。


ここまできてフト、私は気づきました。
要するに、ここで選ぶ写真に迷うのは、つまりそれがここ(ミクシィという狭いコミュニティ)での私の姿となるからなんだ・・・ということに。
だから、古くて暗いボロージャも、オッサン臭いダニーも、美人のヒラリーも、古臭いとかオッサンだとか美人だという理由ではなしに・・・それとは違う部分でダメなんですよね。
要するに、「私」じゃ無い。
どれも「私の好きなもの」、であるけれど、「私」じゃ無い。
逆説的に言うと、どれも「私」を仮託できる対象からはほど遠いわけです。だって、私は自分に近い存在を好きになったりしないもの。*1


・・・「私」って、なんだろう?


こんなところで哲学者に変身してるヒマはないんだが(汗)。
いや、別にたかだかミクシィの自己紹介画像なんだけどさ。自意識過剰だってわかってるよ。
うーん・・・でも、「自意識」じゃないな。誰かに見られているからとか、そういうことではない気がするから。
例えば、「絶対に自分のキャラじゃないよなぁ」・・・という持ち物を持っているのがキモチワルイ、みたいなのありますよね?
ピンとこない洋服や髪型は、たとえ誰にも会わない日であっても、不本意でしょう?
なんか、そういうのに近い。
「これ、私じゃないなぁ・・・」っていう感覚。収まりの悪さ。


ブログにはボロジャの画像を貼ってありますが、これとは全然違うんですよね感覚が。
この(ブログの)ボロジャは、私を仮託しているものではなくて、例えば、部屋に貼るポスターみたいな感覚なのです。
今、この人のファンなんだよね〜というアピール。そして、貼ってて自分が楽しい、というだけのこと。興味が変われば、ポスターも変わる。それは全然気にならない。
でも、ミクシィの画像はそれが私として一人歩きする印象なの。ハタから見たら、画像=yona、なのだろうな、という感じが濃厚に漂っているのです。そういうお約束が基幹にある。だから悩んじゃう。
あー、困った。
画像一枚でこんなに困る自分って・・・ヒマなんだろうか?(爆)
てか、ミクシィって・・ちょっと自分には合わないかも、って気も。


ああ、それと、そこにタレントや有名人の画像を使って果たしていいのか?という疑問もあります。
私はブログで有名人の画像やTVの場面などをキャプチャしたものを使っていますが、それは意図的にやっています。
そこに画像があるのとないのとではインパクトやアピール度が違う。私がボロジャの画像を使うから、ボロジャを知らない閲覧者にも、そのキャラが入り込みやすいわけです。今までボロジャを知らなかったのに、私のブログを読んでCD買ってみた、という人を少なくても3人知ってます。チリツモで、それは大きいものなんですよ。長年の経験で、そういうことはフツーにあるとこっちは知っている。
私は、有名無実な著作権法や肖像権よりも、そういった実質がエンタメには欠かせないと信じているので、自身の常識の範囲内で、出典を明らかにして、画像を使うことにしています。それがブログの画像に対する私のスタンスです。
が、ミクシィの自己紹介画像には、そういう側面がないわけですよ。ただ単にケータイのストラップのようにぶら下げて所持者を明らかにする・・・みたいな機能だな、と思うわけ。
そうなると肖像権とか、気になるんですよね。こんなとこで無意味に使っちゃっていいのかなぁ・・・と。
ま、でも、ミクシィはさらに閉じられている世界だし、営利関係ないし、そこでたかだか3センチ程度の画像一つでどうこう言われたら言ってる方がおかしいわけですが・・・。
自分的にはあまり意義を感じられなくて、意義を感じられないから、「マズイんじゃないかなぁ・・・」と漠然と思うんでしょう。


とはいえ、こうしている今も、ミクシィでは、寝起きダニーで放置プレイ状態の私です。ああ・・・このままじゃマズイなぁ。
・・・以下ループ。

*1:この「自分に近い存在を好きにはならない」というのは自己否定ではないですよ。自分に近い他者だったらそりゃ自分そのものの方が好きに決まってる。という、絶大なる自己肯定です。似た者はイトオシイですが、そこには惚れない。自己肯定はしますが、ナルではないので。