但願人長久、千里共嬋娟


世界で一番悲しい出来事は何かと言えば、それは、愛する人を失うことだと思います。


私が台湾弟弟と呼んでいる、(世界中のすべての芸能人の中で最も大切な存在である愛しい)張震嶽に、先日、不幸がありました。
このことについては、書こうかどうしようか迷ったのですが・・・この件に関して阿嶽が話していた言葉を読んで、これを単なるスキャンダルで終わらせるのはイヤだ、流してしまいたくない、という気持ちになったので、あえて触れてみることにしました。


阿嶽は去年の夏、10年来の恋人・小米(路嘉怡)と別れたばかりです。
私は、美人で明るくて頭の良い小米が大好きで、思い入れも深かったもんだから、「結婚したがった小米に阿嶽が別れ話を切り出した」という報道に、「阿嶽はバカか?何考えとるんじゃ。」と呆れたもんですが、内心ヨリが戻ることを期待していました。だって、あの二人がホンキで別れるはずないし〜、と思っていたんだもん。
でも、阿嶽はしばらくして新しい恋人を作った。
今度は10歳も年下の21歳の学生で、しかも知り合ったのがネットだというので、なんだかもう・・・オイオイ・・・という感じ。
一時の気まぐれ、だな。若い子と遊んでみたくなったんだろう。でもすぐダメになるでしょう・・・と思っていました。
それが・・・こんな展開になるなんて。


その若い恋人は、今月18日の夜、何の前触れも無く、いきなり首を吊って死んでしまったのです。
お父さん、お母さん、お姉さん、友達、そして、張震嶽にあてた8通もの遺書を残して。
遺書には自殺の理由は書かれておらず、阿嶽に宛てた手紙には
「苦しまないで。前に向かって進んでください。愉快に、楽しく。」
・・・と、書いてあったということです。


芸能記者も二人の交際の詳細は知らなかったようですし、彼女のお父さんお母さんも、彼女が阿嶽と付き合ってることを知らなかったそうです。
まだつきあいはじめて半年だもんね・・・。
きっと二人だけの世界で愛を育んでいたんでしょう。誰にも邪魔されないところで。
阿嶽が言うには「想いを寄せていたけれど、まだ友達の段階だった」そうですけどね。
そんなことは二人の問題ですからどうでもいいのですが・・・でも、その言葉はマスコミ向けの誤魔化しでなく、本当かもしれない、と私は思うのです。
阿嶽と彼女が2人で撮った写真を見たときに、なんとなくそう思った。
その写真の阿嶽は、私の知らない顔をしていました。いつもの阿嶽じゃない。大人しくて、何かを守ってるお兄さんの顔をしていた。
彼女は21歳とは思えないほど、少女じみた子でした。髪も染めていないし、化粧もろくにしてない。華奢で、利口そうで、ちょっと繊細そうな子。華やかで、オトナっぽくて、向日葵のようだった小米とは正反対のタイプです。見た感じだけで言えば。


「ディンドンはサーフィンが好きで、自転車に乗ることが好きで、日向ぼっこが好きで・・・陽の光のように明るい女の子だった。いつだって彼女を見てるとすごく楽しい気分になったんだ。」

「俺は先輩ぶって、彼女に対していろんなことを教える責任を感じてた。人生を楽しむこととか、愛することとか・・・でも、一番正確に教えたかったのは、自分が彼女を大事に思っているということだった。」

阿嶽が語る、彼女の思い出も、まるでエロスが無い。
本当に、まだ男女になってない恋人だったのかもしれない。それがまた、せつないです。
ネットで知り合った、ってのもせつない。
女なんかわんさか周りにいて、選り取りみどりでなんだってできちゃうミュージシャンなのに、阿嶽が求めていたヒトはそこにはいなかったんだね。彼が好意を寄せたのが、センシティブな文章をブログに書く、孤独で、幼い、大学生だったんだ・・・ってことが、なんか妙に、納得できちゃう。


阿嶽が最後に彼女に会ったのは自殺する3日前。
次の日から広州演唱会で、大陸に渡る前の晩だったといいます。
2人で食事をし、楽しくおしゃべりし、いつもと何も変わらぬ調子で別れて・・・それが永遠の別れになった。
彼女の死は、広州演唱会の真っ最中にスタッフに知らされました。
阿嶽はステージの上。
スタッフは、コンサートが終わるまで、このことを隠すことに決めました。
何も知らずに、阿嶽はステージに立っていたんですね・・。それを思うと泣けてきます。
彼女の死が阿嶽に知らされたのは、ホテルに戻ってからだったそうです。
阿嶽は最初、信じられなくて呆然とし、その後崩れ落ちたまま、立ち上がることもできず号泣した・・・と新聞は伝えています。


「我以後不要再寫要死不活的歌了、我希望未來能為年軽人做更多的事、透過歌曲影響年軽人的人生観。我要多作鼓勵年軽人面對人生困境的歌、譲快楽的生活、成為一種流行的品牌和観念。」
(俺はもう二度と、厭世的な歌は作らない。未来はあらゆる可能性に満ちているんだということを、歌を通して若者たちに伝えたい。彼らの人生観に影響を与えたいんだ。彼らが困難にぶつかった時に励ませる歌を作りたい。楽しい生活が送れるようにしたげたい。それ(前向きなものの考え方)を、一種の流行りのブランド思想のようにしたい。)


数日後、阿嶽はメッセージをマスコミに発表しました。
彼女のことを忘れるなんてできない。いつかきっと彼女のために歌を書きたいけれど、今はまだとても無理で・・・いつになるかはわからない。・・・とも言っています。
普段、TVを滅多に見ない阿嶽が、今はTVをつけっぱなしにしないと、夜眠れないのだそうです。
「もともと俺は孤独だけど・・・今はもう、彼女のいない台湾で、本当にたった一人で存在するような気分」だ、と。


私は知ってます。
阿嶽がどんなにか優しい子で、どんなにか命を慈しみ、繊細で、気が弱くて、孤独で、だからこそ仲間とバカ騒ぎをしたり明るい日差しの中に出てゆくことに何よりも歓びを感じていたことを。
なんというか・・・すごく、危ういんですよね。脆いところがある。
だもんで、このことで受けているであろうショックは計り知れません。
どうか彼の周りにいる人たちが、温かく彼を見守ってくれますように。
私には何もできないけれど・・・こうして遠くから想いを寄せたいと思います。阿嶽のこれからに、幸多かれと祈るのみです。
姐姐はずっと、あなたを見ているよ。


表題の「但願人長久 千里共嬋娟」は、蘇軾の詩「水調歌頭」の一部です。
その一節はこうなっています。


人有悲歡離合  人には出会いと別れがあって
月有陰晴圓缺  月には満ち欠けがある
此事古難全  いにしえの昔からこれは変わることないことだけれど
但願人長久  願うのはただ、友よ、命長かれと
千里共嬋娟  そして、遠く離れていても、同じ月を心一つに眺められますようにと

テレサ・テンフェイ・ウォンも歌う「但願人長久」は、中華明星迷だったら皆さんご存知ですよね・・・この詩を元に作られたあの歌もとてもステキです。切なくて、泣けてきます。
この言葉は、戦後、日本と台湾のかつての同胞たちが、政策上分断された国にいながらお互いを想って歌った歌、としても知られてます。
恋人を亡くした人に対しては、ちょっとピントがズレているかもしれないけれど、私が今思う気持ちは、まさにこれです。
「但願人長久」。
普段から私が阿嶽に願っていることは、このひと言に尽きます。今は、なおさらに。
ユエちゃん、あなたは孤独じゃないよ。たくさんの人があなたを見守っています。もちろん私も、ずっとユエちゃんを大事に思っているよ。
だからどうか、元気を出して。誰もが幸せになれる歌を、頑張って作るんだよ。
大丈夫。あなたは天才なのだから!