ボロージャ=ジーコ説

「選手(ピアニスト)だった頃には神であったが、監督(指揮者)になったらどうしょうもなく使えない」

もしくは

「優秀だった選手(ピアニスト)が監督(指揮者)になったが、ヘボなチーム(オケ)を任され、采配が生かされず監督として評価されずに終わるという悲劇」

という意味で、巷間囁かれる「ボロージャ=ジーコ」説。

たぶんそれはボロージャのファンであっても完全否定はできにくいであろう説、であります…ね?そりゃ否定したいし、そんな説は払拭したいけど、そうもいかない現場に出くわしてしまうこともまま、ある。
例えば、今夜のエヌ響アワー。悲しいがそれを感じてしまいましたよ。
なんだろう、あのバラけた味気なーしのシェーンベルクは。
音は散漫、歌は聴こえない、マエストロの動きは浮きまくり、ついでに衣装もヘン。
なんであんなシワシワした背広着てんの。トックリは伸びまくってるし。しっかりしてくださいよ〜(涙)
ああ…ちょっとうなだれてしまいましたよ。
ごめんねボロージャ。でもホントなんだもん。
しかし、エヌ響のあのノラなさ加減は、指揮者のせいだけなのだろうか?


でもって、続く芸術劇場で見たパーヴォ・ヤルヴィ&カンマーフィルのあまりの素晴らしさね。
パーヴォの演奏はそりゃもう、最高なんですからして。音が弾みながらキラめきながら堂に満ち溢れてゆく感じがする。
しかも指揮姿ももう、う〜〜っとりするくらいカッコイイ。
あの動き。あの表情。汗まで計算して出してるんじゃないかと思うくらいイケてる。全てが。しかも(ここ重要)楽しい!オケメンたちがみんなノッてる。
すごく好きだ…パーヴォ。たぶん指揮者の中で一番。
でも、ボロージャがいるから気になっちゃって手放しでパーヴォにムチュウにはなれない。ああもうっ(涙)。
すっごい誤った選択肢を選んじゃってるんじゃないかなアタシ(哀)。


ボロージャはパーヴォの指揮を見たらなんて思うのだろう?
なんか素直に「いいなぁ〜。うまいねぇ。」とか言ってホクホク喜ぶような気がするよ。*1絶対、自分と比べたりしないよね。わが道を行く人だし、他人に競争心とかって抱いたことなさそうだもんなぁ。
でも、観客は比べるのよ(爆)。


昨日のシェーンベルクはそれでも6年前の演奏で、今はもうちょっとエヌ響をちゃんと動かせていると思うので(よりダメになっているとは思えないので)まぁ、そこに期待する、ってのでいいのかな。
エヌ響がボロージャにとってのいい練習場(ってか踏み台(?))になれば御の字なのかもしんない。何が出てくるのか毎回ハラハラしながら見守るってのも、刺激的でいいですねっ(←ヤケッパチ)。

*1:こりゃ絶対ないね。よく考えたらアプローチが正反対だから、ボロ君には受け入れられないのではないかと思う。